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如何にぞ黙して-07

●潮の如くに


 二町を切り打ち鳴らす盾は速くなるや、連れて一斉に速足となった。

 待ち構える俺達の後方から山なりに射掛けられる矢。多くは望まねぇ。遠矢過ぎて、面で狙って僅かに当たる程度だ。


 遠矢三連。あれだけ射掛けて僅かに一人が脱落し斃れた。さらに矢を受けた幾人かは浅手。

 堅甲に護られたか浅かったのか、身体に矢を生やして進んで来る。

 その歩武(ほぶ)に些かの乱れも見えねーのは精鋭の証。良き装備と訓練と、恥を知る者だけが持つ矜持とに支えられて、潮の如くに遣って来る。


 距離一町。こっちの矢は水平に飛んで行く。向うからも後列より矢が飛んで来た。

 互いの矢叫びは、風を()かせ傷付いた盾の表面に突き刺さる。


 距離半町。

 寄せ手の前線指揮官が、グラディウスを中空で振り回し、


「突撃ぃぃぃぃ!」


 雄叫びを上げた。


「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」」」


 天地を鳴らす吶喊に、音が消えた。雲の流れも掻き消えて、薄明の空間にあるのは俺と味方とそして敵。

 前列のずんぐりむっくりを追い越して、すらりとした連中が飛び出した。


 駆けこんだ勢いで突いて来る敵を捌いてこめかみに柄頭を叩き付けると、その場でがくんと膝を着き、足から落とした人形のように倒れる。

 俺の斜め後ろから突き出された槍の穂先が、首の後ろの吸い込まれたのを確認するや、袈裟に切り付けて来る剣を逸らして手の内を切る。

 取り落とした剣を蹴飛ばして後続にぶつけ、崩れた体勢に盾をぶつけてカチ上げる。

 宙に舞って死に体で跳ねた奴の始末を後ろに任せ、おれは次なる敵へと向かう。

 これらがほんの一息の間に、周り灯篭の様に俺の目の前を流れて行った。


 夕映えが戦場を照らす頃。やっと引き金が鳴った。

 手強い相手だった。一人一人はそうでもねーが、練度が高く手堅い相手。少なくとも二手か三手に分かれ、猛攻で押してさっと退く時に入れ替わる。ここで一押し、退く相手と混交して雪崩れ込めばと思うんだが、


「深追いするな!」


 と身体に矢を生やしたミハラ伯爵が止める。


「何故だよ」


 俺が口を尖らせると、


「整然と退いている。釣りあげられるぞ」


 伯の剣が指す方を見ると、


「あぶねー。敵左翼が豚の鼻と牙かよ」


 少し引いた位置で、突撃に備えて整然と並んでいる。そう、入れ替わりを支援する様に、追撃の横っ腹に食いつこうと待ち構えている。

 全体が一匹の生き物みてーな連中だ。


 俺は黙って、新手が門の如く開けた退却路へ整然と、退いて行く敵を見送るしかなかった。

 交代が来ると思ったら、ちくしょう! 今のは本当の退却か。


 気付いた時にはもう遅い。奴らは悠々と後方に退いて行く。


「どうやら、蹴散らした第一陣の再編成が終わったようだな」


 退いた精兵が左右に分かれると、やたら数だけは居る雑兵共が姿を現した。

 そしてお世辞にも誉めることが出来ないバラバラの状態で、只ひたすら満ち潮の如く押し寄せて来た。


●味方殺し


 あれからどれほど戦い続けたのかは記憶にない。何時しか日は暮れ矢は尽きて、短兵を振う戦いとなる。

 星明かりの中煌めく刃が鉄火を散らし、同士討ちに為らぬよう、こちらは全員その場に留まる。


 平押しの消耗戦だ。武勇を使い果たした者から斃れ伏し、俺もミハラ伯爵も互いに何度も助けあった。

 汗は決して裏切らねー。身体はまだまだ軽く動く。しかし、戦い続けるその内に先ず注意力が鈍って来た。

 張り詰めた響かぬ糸が切れやすいように、どこかで一息つかねばならねーんだが。そんな贅沢が通らないのが数の差だ。

 蹴散らしても蹴散らしても次から次へと。隊列も整わず、ただひたすら押し寄せて来る。


 時は過ぎ、白んで来る明けの空。漸く一団を突き伏せた時。俺は肩で息をしていた。


「しかしよう」

「ん?」

「こいつら後何人居やがるんだ? 腕前は兎も角これだけ喰らい付いて来る兵だ。使い潰して良い兵のはずはねぇ」


 するとミハラ伯爵はお前は馬鹿かと言う顔で、


乳母子(めのとご)殿。自分がネル殿を支える積りならば、少しは書を嗜んだ方が良い。あるいはもっと全体を見よ」


 と言いやがる。


「へ?」

「判らぬのか?」


 呆れ声。


「なんだよぉ!」


 するとミハラ伯爵は遥か後方を示した。青く浮かぶ戦場の彼方を見て、俺は目を疑った。


「なんだありゃ! 味方を殺してる?」


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