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如何にぞ黙して-06

●真打登場


 滾る熱い血に、身体中がかっかと燃える。突っ込んで来る動きに合わせ、すっと切っ先を突き出せば。灯火に飛び込む蛾のみてーに自分から身体を貫かれに来やがる。刺さった瞬間に手首を捻って空気を入れ、肉に噛まれる前に引っこ抜く。

 何と脆いぞ敵の(ほう)。俺がこんなに強いのも、弱い敵と当たるからだ。


 味方が噴き出す血に怯む卑怯者。いきり立って力が入り、動きの鈍る烏滸(おこ)の者。過ぎる警戒と重圧に晒された敵は、力を見せる前にグラディウスの錆となる。俺の剣の糧となる。


「余裕だな。伯」


 横目で見遣りながら、賊の脇腹に剣を突き立て俺が笑うと、


「大身の者の嗜みだ」


 と不敵に笑う。


 伯はこの戦いの最中に、書記に記録を採らせている。


「おおっと。危ねーぞ」


 肩を並べて戦う以上、隣を護るのは身に付いた習い癖。

 反射的に大盾で隙を突いて来た敵の攻撃を弾く。こんなことをしているから、盾はもうボロボロだ。

 いくら盾は消耗品とは言え、これじゃ庇うのも限界だぞ。

 って、なんで俺。ネルを攫って行こうとするこいつを護っているんだろう。


「ああ! うぜー!」


 一人一人は大したことが無くとも、数だけはありやがる。


乳母子めのとご殿。防いでくれ。魔法を撃つ」


 ミハラ伯が俺に()う。


「心得た!」


 彼が一歩退くのと交代に、俺は一歩前に出る。


(なんじ)霊亀(れいき)()

 我を観て(おとがい)()

 砕け山の雷 地滑り」


 呪を唱え、弓手(ゆんで)を采の如く振り下ろすと。轟々と唸りを上げて地面が波打つ。

 俺より前方に、裂けた大地と瓦礫の波が襲い掛かった。


「ちっ、修行が足りぬわ」


 広く浅く、軍勢に向けた魔法だ。見掛けの派手さに比べ、個々に与えたダメージは高くない。だが今の一撃で多くの者が心を砕かれた。

 恐らくこのような魔法を知らぬのだろう。巻き込まれた者達は、無傷や普通なら怯みもしない浅手にも関わらず、大の男が尻に帆掛けて逃げて行く。だが、先鋒を追い返しただけでかった訳ではない。

 敵の陣は厚く、勿論大将は最後尾だ。間を開けて逃げ走る者達と入れ替わるように、遠く後ろから並足で歩武(ほぶ)を進める剛の者達。


「わしではこの規模はこの程度か。やれやれ大地を浅く耕しただけだな。開墾の助けにしかならぬわ」


 ふっと哂う。


「だがよ。その時間差で一息付けるのはありがてぇ」


 元よりその積りだったらしい。この隙にこちらも新手と入れ替わる。


「息が上がっているな。休んで英気を取り戻せ」


 下がる者に休息を命じるミハラ伯爵。


 仕切り直しの戦いが近付いている。

 その間に書記に口述するミハラ伯爵。やたらと小難しく大袈裟な言い回しが俺の耳朶を滑って行った。


 新手と変わり組まれる戦列。伯と俺は引き続き、中央最前列の最奥だ。

 敵に魔法の使い手は居ないと判断した伯が、自分の左右に牛の角の如く前方に張り出した陣を布いたからだ。

 今まで乱戦に近い接近戦を支えて来た連中は、後方でティーブレイク。万が一後ろに回られた場合の盾を兼ねた予備となる。


「良いか! このわしを囮に敵を呼び込み。左右の角で突き崩し、頭突きをかまし、腰を入れて打ち破るのだ」


 もし敵に射程が長くかつ制圧するに足る手段があったならば、本陣を護る物は無い。

 決まれば大勝出来る戦法なのだが、それだけに裏目に出れば大将討ち死にの危険も多い。


「ふふっ」


 笑いが漏れる。ネルの旦那候補としては置いといて、俺はこう言う奴を嫌いじゃねぇ。

 俺に続けって言う大将をよ。


 今向かって来る敵の次鋒。またしても数を恃みの連中だが、遠目にも揃って見える足並みに手強さを感じさせられる。

 三町を切った辺りから、


「エイ!」「「「トゥートゥー!」」」

「エイ!」「「「トゥートゥー!」」」


 揃いの盾を並べ。揃いのグラディウスで調子を合わせ。盾を太鼓のように打ち鳴らしながら、足並み揃えて遣って来る。

 それは一匹の生き物のように見えた。


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