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如何にぞ黙して-05

●継承の剣


 見た目はまんまあの剣だ。

 (うち)の礼拝堂に掛けられていた継承の剣。

 母から娘へと代々伝えられるものだから、カルディコットの家督とは無関係。

 でも。だったらあれは……。


「その剣は」


 思わず怒気が漏れてしまう俺の声。


「ふっ。知っての通り継承の剣だ。剣がわしを求め、自らわしの元に参ったのだ」


 その言い草を聞いた瞬間。俺の中で何かが弾けた。


「抜いて見ろ。本当に剣が貴様を選んだんなら抜けるはずだ」


 怒りの余り咽喉が絞まり嗄声(させい)が響く。


「抜く? この剣は権威の徴で元から鞘と一体の物。言い掛かりを付けるなら、考えて申すがよい」

「ふ。抜けぬ時点であんたのもんじゃねぇ! いったいどっから盗んで来た!」


 俺にゃ抜けねーが、スジラドが人攫いと戦う時に抜いたんだ。


 噛み合わねー話。あいつも俺もこのままじゃ、血を見ずには済まされねーと思い始めた時。


「「「うわぁぁぁぁ!」」」


 鬨の声が街道の方から響いて来た。


「如何した!」


 ミハラ伯爵が転げ込んで来た騎士に問う。


「軍勢が攻めて参ります。その数ざっと千。徒歩(かち)ばかりで騎馬は見えません」

「伯。あんた」


 一瞬固まったミハラ伯爵を軽蔑の混じった声で睨むと、


「違う! わしでは無い」


 瞬時にミハラ伯爵は否定した。


「話し合いに来たのだぞ。

 考えても見よ。わしらが連れて参ったのは百余騎。護衛として十分だが(いくさ)支度の数では無い。

 まして、わしらはここにおるではないか」

「それもそうだな」


 動かせる兵力は伯の方が神殿より圧倒的に上。

 モリビトの主力兵器は弓矢。そしてネルみたいに百発百中と行かねーのが当たり前だ。流れ矢に自分が斃れる危険を冒してまで、奇襲を仕掛ける道理は無い。

 つまり俺達とミハラ伯らは、同じ船に乗って嵐に遭ったようなものだ。


「多くは言わん。わしが気に入らぬと申すならそれで良し。謂れなき疑いはこの身で晴らす。

 乳兄妹殿は、そこで神殿長殿を護っておるが良かろう」


 飛んで来る矢を切り払い、


「続け! モリビトの証しは弓矢にて立てるべきものぞ」


 鎧も纏わぬ参廷服のまま、グレイブを手に陣屋を飛び出すミハラ伯爵。


 俺が顔を向けると、こくりと首を縦に振ってくれた神殿長。さっと控えていた神殿騎士が、俺に盾を渡してくれた。徒歩で隊伍を組んで戦う時に使われる、円筒を四半分にした形状の大盾(スクトゥム)だ。

 神殿長の護りを堅く固める彼らに向かい、


「ありがてぇ! 神殿長は任せたぞ」


 と礼を言うと。俺はミハラ伯爵の後を追うように飛び出した。

 俺は護るより斬り込むのが得手だ。これで、顧みる事無く敵に向える。


「伯!」

「何だ、来たのか」


 辺りは既に、ネルでも無ければ弓矢の使いようもねー乱戦だ。短兵戦は、末だが鎧を着けた敵と盾も持たぬ参廷服のミハラ伯爵とでは、いかに長柄のグレイブだって、伯にかなりのハンデが有る筈なのだが。

 当に一触に撫で切りにして、大して返り血も浴びてねー程一方的。

 物凄い殺気を辺りに放ち、その威に竦められた敵を据え物斬りってありさまだ。


「邪魔なら退くぜ」


 言いながら、俺はミハラ伯爵を盾で庇いつつ戦う為に、伯の右に陣取った。


 矢と同じで、武勇は有限で消耗する。使い果たせば歴戦の勇者も、子供が投げた石で傷を負ったり斃されたりした(ためし)枚挙(まいきょ)(いとま)がねぇ。

 投石器で巨人を斃した少年勇者のラノベが、嘘っぽく聞えねーのもそのためだ。


「忝い」


 素直に礼を言うミハラ伯爵。


「何。あんたを知る一番の方法でもあるからだぜ」


 大盾で敵を()ち上げて、浮き上がった無防備な脇の下をグラディウスで抉る。

 右のガードが開いた俺に、右から迫る斬撃をグラディウスの柄頭で外に弾いて切っ先を喉へと滑らせる。

 兎角突き刺す事が本の剣のグラディウスだが、切れ味だって悪かねーんだよ。

 返り血を浴びねーように蹴り離し、正面を衝いて来る敵を左に弾く。引き戻す盾の後ろから、ミハラ伯爵の斬撃が襲い、剣を持ったままの腕が宙を舞った。


「やるな」


 敵であろうと武勇を褒めるのが武士(モリビト)の倣い。まして肩を並べて戦う以上は戦友だ。

 戦いの高揚に身を任せるのも悪くない。知らねーうちに俺はミハラ伯爵に、好意に似た感情を抱いている事に気が付いた。


退院しました。

開始より一年を超え続けて居られるのも、皆さまのお陰です。

感想その他。お待ちしています。


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