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如何にぞ黙して-04

運命(さだめ)の証拠


 キィィィーン! 鉄火が散ると共に、必殺の斬撃が停止した。

 当たり前だ。この俺が剣で受け止めたんだからな。


 おっさんの剣も数打ちでは無い業物かも知れないが、俺のこいつは特別製。なにせ神匠・光羽(コウハ)の流れを汲む第一級の親方が鍛えた剣なんだ。おまけにサンドラ先生によってマジックアイテムに仕上げられている。

 それで以って勢いの乗りきる前の剣の根元に、一触に人を両断する俺の会心の一撃を合わせたんだ。これほどの拍子が合えば、数打ちの剣なら切り飛ばしていた手応えだぜ。


「おっさんよぅ。女に言い負かされてこれじゃ。あんた、すげー格好悪ぃ~ぜ」


 屈辱に塗れ、キリキリと奥歯の軋む音が聞こえる。どうせならこんなおっさんじゃなく、可愛い女の子の奴を聞きたいもんだが。世の中ってもんはままならねー。

 その歳に成って分別もつかねー愚かなおっさんは、なおも剣を振おうとした。しかし、


「下がれ! 戯け者」


 後ろから飛んで来た罵声が一喝。


「閣下……」


 慌てて剣を納め、神妙に控えた。


「久しいな。ネル殿の乳兄弟殿か」


 そう俺に呼び掛けたのは、鎧を着けず参廷服を着た男。若くはねーが年寄りでもない。


「御曹司……。いや一昨年家督を継がれたんだったな」


 忘れもしねぇ、ネルの婚約者候補の一人だったミハラ伯爵。当時既にネルより十も年上の娘がいるのに求婚したと言う不逞ぇ奴だと記憶している。


「大事な義妹(いもうと)であることは百も承知。わしも娘の父親でな、卿が私を目の敵にするのは赦す。


 幸か不幸か、ネル殿はカルディコットの後継者の一人と目されている。これはある意味災難と言えよう。

 卿も知る通り、家督争いとは時に対抗者を皆殺しにして初めて決着するもの。

 武人を味方に付けたアイザック殿。官吏で固めたフィン殿。お二人と違いネル殿には(たの)みとする兵が無い。失礼だが、卿のエッカート家では後ろ盾足り得ないのは判るだろう。


 昔の事ではあるが、わしは未だ婚約の件は生きていると考えている。ネル殿さえ良ければ正妻として娶り、共に支え合って行きたいと考えている。


 さて。卿の気持ちは気持ちとして、このような一大事は本人の意見が大事と心得るべきであろう。

 わしも本人なら兎も角、赤の他人や乳兄妹の一言で門前払いされては面目が立たぬのでな。

 どうかネル殿と会わせては貰えないだろうか?」


 言葉だけなら通っている道理。だがな、サイコロは同時に半分しか見えやしねぇ。三面の数を晒すその裏側に、どんな数を隠しているのか判らねーんだ。

 貴族の交渉に裏が皆無などありえねー話だし、都合の良い面だけを見せるのも当たり前。嘘を吐かずに騙すなど、世慣れた大人なら当然の話。


「残念だが。今ここにネル様はいねぇ」


 俺に言葉の駆け引きが出来る訳がねぇ以上、正直は一番の策略だ。正直に話しても問題ねぇ場合はな。

 何を言われても顔色を変えず、狼狽も食いつきもせずに淡々と。


 これはスジラドの受け売りだがよ。ああ言う奴らは自分自身を物差しに人を量るんだ。

 奴が蛇ならこちらも蛇。奴が虎狼ならこちらも虎狼に見えちまう。そう、意味深に破綻の無い物言いに徹して居れば、後は勝手に解釈してくれる。


「そうか。わしはネル殿の運命の男だと、思うのだがな」

「孫の居る身で言われてもなぁ」


「はは。二世(にせ)を誓っても、夫婦が早く死に別れるなどよくある事。わしは前世でも武人で、若い妻を残して死んだのであろう。

 恐らく前世のネル殿は、息子の為に生きよと言うわしの頼みを心の支えに、形見の我が子を育て上げ、孫の孫の顔を見るまで長生きしたのだろうよ。

 さすればネル殿の遅れて生まれて来ることも、説明が付くと申す物」


 この不惑男が! 自身が塵ほども信じる訳もない夢物語を、恋する年頃の娘なら信じ込むかも知れねー戯言を、つらーっと真顔で抜かしやがる。


「ふ。天下のミハラ伯がそんな与太を飛ばすとは。


 生憎だがネル様は、その手の娘の嗜みを完全にすっぽかしちまってるんだな。

 世の中にゃ痛い勘違い野郎も居るんだぜ。そんな夢物語の証拠出せるのかよ。出せるわき……」


「証拠ならある!」


 ミハラ伯爵は言い切った。


「ははは。もしもあるって言うんなら、この目で見てみたいもんだぜ」


 すると伯はにやりと口の端を吊り上げてこう()った。


「その目でしかと見よ!」


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