如何にぞ黙して-03
●押し掛けた者達
強訴。そう言う風に言うのが相応しい言いがかりだ。
ミハラ伯爵寄子の男爵達が、百騎程の兵を率いて尋常でない形相でネル様を出せと叫んでいる。
どうすりゃいいんだよ。出せと言われて出せる訳も無い。現状ネルは神殿の庇護下にあるんだから、不入の権を侵しに来ている連中に引き渡す筈もねぇ。
それにな。ネルはシア司祭長と共に行方不明なんだぜ。
どうにも埒が明かねー。
護衛の神殿騎士を引き連れた俺と神殿長は、神殿の敷地の外に幕を張り巡らせた陣屋を築き、そこで話し合いを持った。
「これが証拠だ」
立派な板金鎧を着けた若い騎士が、半弓の矢を見せて賊を追い掛けた際に攻撃して来たと抜かしやがる。
「デレック殿……」
神殿長や巫女様を護衛する形で横に立つ俺に、確認の仕事が回って来た。
「確かにネル様の矢だ」
俺が断言すると、ほら見ろとばかりに悪人顔を際立させるおっさん。だがな。
「けどよ。これだけじゃ証拠になんねぇ。見ろここ」
俺は鏃の先を指す。ネルの弓から発射された物ならば、咽喉に刺さって先が潰れる筈もねぇ。
だってよ。ネルの弓はサンドラ先生特製のマジックアイテムなんだから。
「あの弓から放たれる矢は魔力を帯びた魔法の矢。ジンユウやマガユウにだって突き刺さる。だから金属鎧を貫いたんならいざ知らず。直接咽喉に突き刺さってこうなる筈がねぇんだよ」
つまり、拾い矢を普通の半弓で射なければ絶対にこうはならない。
唯一つ、ミハラ伯爵の大袖を貫いて鎧も板金も射抜いた一矢を除いて。
「答えは一つ。誰かがネル様の矢を拾って、普通の弓で射たって話だ」
ざわざわと響く神殿の応接の間。全くこいつらシマリスか? ほんとに喧しい連中だ。
やがて最も声高に、ネルを弾劾している奴が口を開いた。
「うちは郎党二人と、ミハラ伯からお預かりした兵三十を失っている。
生き残りは確かにネル殿達の名を名乗ったと言っている。半弓で長弓の距離を狙うなど、そうそう誰にでも出来るものでは無い」
そう言うのは、ゲンスィノーフの豪族達の中でもミハラ伯爵家に半分家臣化しているこのもっさりとした男爵だ。
「オサム・エメネーフ卿。いい加減にして頂けますか?」
神殿長の沢の巫女様が窘める。
嘘か真か知らないかこの男。禍津神アモーセカーフ・エメネーフの血を引く子孫、と自称している胡散臭いおっさんだ。
「確かにそ奴がネル・シア・クリスの名を名乗っておったのだ」
神殿長は呆れ顔で子供に諭すかのように言う。
「エメネーフ男爵、戦いの心得の無い司祭長を含む女三人。しかも一人はまだ十歳の幼き娘にございます。
もし仮に卿の言い分を信じるとすれば。か弱き女子供三人を相手に、威名天下を轟かせしエメネーフの兵三十余が手も無く壊滅させられた。斯様に聞こえてしまいます。
もしもこの醜聞が真でございますのならば、差し詰めモテぬ男が若い娘に昂奮して、無様に落馬でも致したのでございましょうか?」
確かに語調は穏やかで丁寧だけどよ。
神殿長……。聞いててスカっとすっけどよ。ちょっと煽り過ぎじゃねーのか?
案の定、俺にもはっきり解るくれぇおっさんの顔が、粗野なスケベ親父に揶揄われた年頃の女の子みたいに紅潮していやがる。ほんと誰得な状態だ。
「事の是非は兎も角も、シアもネル殿もここに戻ってはおりませぬ。クリスと仰る女童に関しては、神殿は七歳の儀を執り行っただけでございます。
そもそも神殿は肇国より不輸不入の権を有しており、何人たりとも侵すことは許されておりませぬ。
畏くも皇帝陛下の御英慮とても、『匿いし者、山門より出すべからず』との御聖旨を畏み奉る事はございましても。引き渡しの勅を賎が戯言の如くお伺い流し奉るは、数多の先例がございます。
然るに。たかが諸侯、まして一介の男爵様如きの命に服しては、些かでは済まされぬ不敬と相成りましょう。
それに。たとえ神殿が祀り奉る三柱の神が顕れて、三人を引き渡すようお命じ遊ばされたとしても。
ここに居ない者を、どうしてお引渡し出来ましょうか?」
穏やかだが、取り付く島もない拒絶だ。
これが神殿の権威。
皇帝陛下と比べられては、モノビトも物乞いも関白や参議の殿上人も等しく臣下。
朝敵の汚名を被りたく無くば、振り上げた拳を下げねばなんねぇ。
あーあ。血管切れるんじゃねーか? おのおっさん。
「神殿にも守るべき物を護る為、戦いの備えがございます。
弓矢に懸けてと仰せなら。敢えて朝敵・涜神者の汚名をお求めでございますなら。
無分別な不埒者には、一等高価な血の代価をお支払い頂く事となりましょう。
我々神殿は聖句の旨を心に刻りて。
愛には愛、誠には誠。信義には信義、寛容には寛容。
言葉には言葉、拳には拳。矢には矢、刃には刃を以ってお相手致します」
きっぱりと拒絶した神殿長に向かい、
「こっこっこ」
「鶏ですか?」
剛毅だね。わなわなと震える紅いおっさんを煽る神殿長さん。
「殺してやる!」
「「「きゃあぁぁぁ~!」」」
巫女達の悲鳴が響く中、抜き打ちに刃が振るわれた。





