如何にぞ黙して-01
●沙石の中で
権伴によってもたらされた、北の領地からの避難者保護要請。
ウサの大姫クリスと前カルディコット伯の庶長子アイザックの乳兄妹ナオミを迎えに来て欲しいとの連絡が来た。
それを受けて神殿は騎士一隊を派遣したのだが……。
「慰問団がミワ村でウサの大姫殿と合流した所までは確かなのですが……」
顔を伏せる神殿長。
兎に角、情報が錯綜してネル達の位置が掴めない。
派遣した騎士達が、クリスやナオミの代わりに保護して連れ帰った避難民は言う。
「私どもは、正体不明のボロを纏った成人したかどうかと言った方々に助けられました」
「詳しく聞かせてくれ」
デレックが身を乗り出すと。焼き討ちと略奪に遭った彼らは、すんでの所で声の甲高い連中に助けられたと証言した。少なくとも一人は変声前。声の低い一人は天秤棒を武器にしていて、リョウタと呼ばれていたのだと。
「リョウタって……。あ!」
ネル奪回に加わり、スジラドの一番最初の家来としてイズチに取り立てられた奈々島の少年だ。
「何やってるんだアイツら」
デレックがネルの乳兄妹とは言え、主の主は主に非ずが世の仕来り。ましてスジラドはネルの父親の家来になる。そいつの家来の報告なんぞ、ネルにもデレックにも上がって来る道理はない。
「そのお三方は、矢傷を負ってなおその場に留まって、私どもを逃がして下さったのです」
「粗末な身形ではありましたが、皆一廉の武士でございまして、鬼神に愧じぬお働きでした」
「う~ん」
確証は無い。だがリョウタがいるならスジラドが動いていてもおかしくない。
彼ら避難民を保護し、受け入れに携わっているその内に、
「村が焼き討ちにあって壊滅したぁ?」
行商人の噂話なども情報として上がる。加えて逃げて来た人々の中に、中にはネル達に助けられて、神殿に逃げ込むように言われたと言う者が混じり始めた。
突き合わせば、同じ日に同時にあっちにもこっちにも居た事になってしまう為、間違いなく勘違いや追い返されない為の嘘も混じっている。
「どこにいるんだよ!」
デレックにも神殿の者にも、慰問団の位置が掴めなくなってしまった。
気は急くが、当ても無く飛び出した所でネルと合流できる見込みは殆ど無いのだ。
食糧を貯え飢餓民を救い、武力を擁して弱き者を護る。それが千年以上続く神殿の立ち位置である。
とは言え今回の事はあまりにも異常。下手をすると村単位で神殿に逃れて来ているのだ。
怪我人・病人・老人に子供。幸い、薬や食料の備蓄に余裕はある。冬季に炊いて凍結乾燥させた乾燥オリザの消費期限は二十年にも及び、全て使えばこの地方の人口を三年近く養えるだけの備蓄があるのだ。
但し、受け入れ作業だけでも膨大な量に上り神殿長以下神殿の者は、一日も寧日無きありさま。
簿記の筆執る神官が、夜を日に継ぐこと十日九夜。机に突っ伏して寝落ちする者が増えた。
「ここは?」
声に顔を向けると、デレックは白い空間に立っていた。
ふっと浮かび上がる大きな鏡。映っているのは血で穢された聖域の内部。それがぐんと大きくなって、いつの間にかデレックは、血の臭いが立ち込める礼拝堂の中に居た。
血の海に斃れた巫女達と子供達の姿。
「あ、んあ、んぁっ……たす……けて」
「おい! しっかりしろ」
呻く声が聞こえ助けを呼ぶ微かな声に、抱き起こそうとしたデレックの手が、すーっと何の抵抗も無く身体を抜けた。
「な、なんだよ! これ……」
掛ける声も聞えていないようだ。
何も出来ない無力感に居た堪れなくなって駆け出せば、そこは当に血の海だった。
その只中にデリックはあり得ない物を見る。
その身に何本もの矢を生やし、物凄い形相の自分の姿だ。
腕の中には蒼褪めたネル。瞳は光を失い、四肢の力は緩んで垂れ、胸は僅かも動かない。
服はびっしょりと汗に濡れ、僅かに透けるその衣。
ネルの手首にはくっきりと縄目の痕があり、背後に圧し折れたT字の柱があった。
「デレック殿」
「誰だ!」
振り替えると神殿長。
「恐らく、ネル殿を思うデレック殿の心が共鳴して、私の術に巻き込んでしまったのでしょう。これは起こり得る未来の一つです」
「起こり得る未来?」
「ええ未来です。書き換える事が可能な未来です」
惨い処刑で殺されたネルの死体を抱いて、天に吼える自分の姿。
ぞくっとデレックの背筋に冷たいものが走った。
諸般の事情で、更新日程が不安定になると思います。





