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青葉砦の戦い-09

●逃がした魚


 神殿の者達は、村人だけで村を守れる態勢を敷いた後、密かに村を出で、救援を呼びに行った。そう村長は説明した。


「何分若い娘と子供だけの三人でしたから。賊の目がこちらに向いている内に逃げて頂きました。

 しかし、よもや算を乱した賊共に一当てして行かれるとは思いもしませんでしたが」


 若い娘と子供ばかり? 子供と言うのは見当も付かぬが、若い娘は一人は司祭長のシア殿として、今一人はネルか。それが村人を指揮して賊と五分以上の戦いを為さしめ、あの役立たず共に一当てしてして抜けて行った。

 弓の名手とは聞いていたが、所詮女だと侮っておった。武勇と言い、防備普請の差配と言い。少し認識を変えねばなるまい。


「ご領主様……」

「ん? こほん!」


 いかんいかん。つい顔に(あらわ)れた。わしは馬蹄形の防塁を見渡して、


「これほどの防塁。少なく見積もっても三日三晩は寝ておらぬのだろう。普請大儀。

 加えて一晩中の戦いだ。疲れておろう。今より休め。周囲の見回りは騎士達に遣らせよう」


 と命じて休みを取らせる。


「宜しいので?」

「わしらは、戦い治めるモリビトだぞ。気を回すのは悪い事ではないが、わしらの面目も考えよ」

「ははぁ」


 膝を着いて頭を垂れる村長以下村の者達。


 三人の内。ネルは風の加護を享けておると聞くが、地の加護があるとは聞いていない。司祭長は沢の加護と聞く。どちらも地の加護を享けておらぬ上、地の魔法の使い手と言う話すらない。

 残る一人は子供と言うから、普請は村の者の手によるものに相違ないだろう。今は勝ち戦の興奮で背筋がしゃんとしているだろうが、こんなものはいつ弾けるか知れたものでは無い。

 そんな不確かなものに任せる程、愚か者では無いぞわしは。


「良い。楽にせよ」


 思惑を隠し、わしは善き領主の役を演じる。

 それにしてもネルめ。どこへ遁れたのだ。


枝視(えみ)が森


 うっそうと茂る森の中。大樹の根元近くに穴が開いた。

 クリスの魔法で穿った、長い長い隧道(ずいどう)である。


「ここはどこかしら?」


 ネルは辺りを見回した。


「村の遥か領域外まで真っ直ぐ北に掘ったから、魔物の領域の可能性もあるかも」


 クリスは判らないと口にする。


 何せ地上なら。川やら岩山やら深い森やら、地形によっては迂回しなければならない所を力技でショートカットしたのである。

 地の加護を享けたクリスにとっては痛し痒しだが。穿たれた隧道は、堅固な岩肌に覆われて川底も竹林も、水が染入ることも無い。

 もちろん川底よりも浅ければ、川の中に開通して水が入っては来たりはする。しかしそこは十分な深さを掘って回避した。


 地上に向けて掘り進める時には、耳を付けて音を確認し川や沼の中に抜けぬように気を使った。そして何度目かの挑戦で、木の根が絡んでいるのを認め外に出たのである。


 元より正確な地図が軍事機密である上に、魔物の領域など未探検地域も多くあるこの世界だ。目当てとなる地物を探してはみるが、見つからない。


「ほんとどこでしょうか?」


 シアは植生から探りを入れるが、


「ネルさん! クリスちゃん!」


 ものの十も数えぬ間に、幼児のようにはしゃぎ出す。


「何よ!」

「見て下さい。これ、上級ポーションの材料になる、希少な植物ですよ」


 倒木の、朽木に生えるヤドリギの様な植物を指差す。


「あれはデルコクテン病など胃腸に巣食う病や火傷に伴う感染症に効くと言われるヤドリギの一種、四方輪宿(よもわやど)りです」


 小躍りして周囲を物色し、


「うわぁ! 凄い! 凄いです。あれなんか肺炎や中耳炎など耳鼻呼吸器系の病や、破傷風や敗血症など傷口が膿んで起こる病に効くと言われる碧素茸(へきそだけ)ですよ。なんなんですか? ここは」


 シアが言うには、ここはあり得ない程希少な薬草に溢れているのだそうだ。


 嬉々としてシアが駆けずり回っていると。


 ビィィィィーン!

 一筋の矢が、ネル達の足元に突き刺さった。


「誰!」

「お前達こそ誰だ? ここは枝視(えみ)が一族が森。

 稀人であるならば保護を願え。(まろうど)として持て成そう。

 弓引く者ならば相手となろう。お前らにとっては良い敵だぞ。

 だが、森で我らに敵うと考える阿呆は、船無く大海を泳いで渡る者より愚かと知れ」


 誰何するネルに応えたのは、見知らぬ姿の人々だ。


 背は高くすらりとした全身。

 部族の風習で切っているのか? あるいは元々その形なのか? 切り取って形作った様な尖った耳の人達だ。

 幾重にも布を重ねて縫い付けた刺子の服の上に、濃い藍染の薄い布に白糸(しらいと)で精緻な幾何学模様を刺繍したベストを羽織り、膝上から太股の付け根までゆったりと膨らんだ黒い毛皮のズボンを穿き、爪先の反り返った革のブーツを履いている。ブーツの上から両膝までは、藍染のゲートルで巻かれていた。


 武器は流木の枝を磨いたようなとても長い丸木弓と馬手差しだ。

 弓は一見、素材そのままに見えはする。しかし神々しさにも近い美があり。矢は矢筒では無く腰回りの籠の中に、黒い恐らく石の鏃の付け根まで突き通した形で携えていた。


「我らに(あだ)すか? それとも武器持つその手を預けるか?」


 言って男は馬手差しを抜いた。

 それは和三盆の色をした薙刀造り。(やいば)の部分には黒く光を返す筋が見える。


 男は馬手差しを筆のように動かして、宙に聖印を描きながら呼ばわった。


「我らからは戦いを望まぬと、邪神様の聖名(みな)によって誓う。

 お前達も戦いを望まぬならば、信じる神々の聖名に誓え!」


一時帰宅。

遅くなりました。明日はなんとか出せそうです。

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