表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
269/308

青葉砦の戦い-06

●整いし舞台


 月の明るい夜だった。角笛の音と、廊下を駆ける靴音に目を覚ます。


「閣下。夜分恐れ入ります」

「何事だ?」


「分村に賊の襲撃。擦り傷だらけの下民(かみん)の子が、神殿の符を以て急を知らせて参りました」


「出るぞ。使いの下民には、飯でも与えて労っておけ」

「はっ!」


「馬引けぇ~!」


 堅甲を纏い手早く身支度を整えたわしは、(うまや)へと急ぐ。

 検めた貝符は事前に神殿から受取った物とピタリと重なった。封蝋は確かに神殿の物。中身は我が領の分村への救援要請だ。

 たとえ下民風情が届けようともモノビトが届けようとも構わん。正式な依頼である以上司祭長はそこに居るのだから。


 仕掛けを躱された時は、どうなる事かと思ったが。上手く引っ掛かってくれたか。

 お陰で開拓村を三つばかり駄目にしたが、覇業の投資と思えば廉いものよ。

 どうせ餓え死ぬかモノビトに堕ちるべき穀潰し。わが家の礎と成れたことを誇るが良い。


 元来、我が家の家格はカルディコットと同格なのだ。いや、先祖を辿れば同腹の兄弟の家。兄はミハラ家の祖となり、弟はカルディコット家の祖となった。長幼の序に照らすと、元来あちらが下風に立つべきなのである。


 彼我の立場が逆転したのは、カルディコットがタジマ家を寄子に迎え、エルフとの交易の街アウシザワを抑えてより。そして畏き所より大樹卿の称号を与えられて後の事なのだ。


 だがその間違いが(ただ)される日はもう直ぐだ。今こそ雲蒸竜変の(とき)。わしが、このわしが宝剣に選ばれたのだからな。


 と、神工・光羽(こうは)が鍛えし宝剣を確りと握り、心の伽藍に復璧を誓う。

 加速するわしの心は思わず顔を綻ばせ、心の呟きを声に出し掛けた。しかし、一歩手前で踏みとどまる。


 実際に紡ぎ出した言の葉は、


僭上者(せんじょうもの)め。真面目に働くでも無く、忠も勇もてんで足りず、イズチにすら成れぬ半端者の盗賊風情が!

 わしの(くら)に手を突っ込んで来るとは、度胸だけは誉めて遣わす」


 使いの下民に聞かせるために。ひょっとして忍び込んでいるかも知れぬ、どこぞの暗部めに聞かせるために。

 わしは月の光よりも朗々と、声を響かせた。


 兵の揃うを待たず。一騎駆けに馬を飛ばし、街道から村への脇道に到る。

 そして大樹の下に駒を止めて、追い付いて来る騎士達を待った。


 月夜とは言え、今進めば夜の闇に紛れて取り逃がす。攻めるは夜が明ける直前だ。

 朝掛けに押し包み、有無を言わさず(みなごろし)にする必要がある。

 万が一にも賊の生き残りが居てはいかんからな。


 それに、こう暗くては馬上弓の名手ジェイバード殿とて狙いを外す恐れがある。


 月が傾き、(しるべ)の星が輝く頃。我が精鋭は馬を連ねた。

 わしの騎士が百騎。我が領のノヅチが二十余騎。

 そしてノヅチに随う徒歩(かち)のイズチがおよそ八十余。盾を背負って追い付いて来た。


「ここより我らが英雄詩が綴られる。書記、つぶさに記録を採れ」


 連れて来た三人の書記に命じた後、わしは采を北天の(みかど)星を指して掲げた。

 そうしてゆっくりと、大きく、力強く。空の形に弧を描きながら呼ばわった。


「右へ進まばハルヤマ村。左へ向えばアオバ村。

 これより我らは、本村ハルヤマ村の獣道を使って村を攻める賊の後背に抜け、奇襲を仕掛ける。

 馬に(ばい)を噛ませ、草鞋を履かせよ。隠れ身の布を被せ、うぬらも被れ」


 我が(つわもの)は、(いなな)きも(ひづめ)の音も闇に溶かす。

 さらに人馬は、夜に紛れる少し暗い青緑色に染められた布を纏う。


 折しも、雲を掃い行く手を拓く夜の風。月の光が煌々と照らす功名の途。

 舞台は整った。わしは(こころざし)うたにして朗々と()う。


――――

 やよ励め 鴨の羽色の ハルヤマの

 覚束(おぼつか)なくも 功名(いさお)が辻を

――――


 励みなさい。鴨の羽色をしたハルヤマ村の、はっきり見えない功名の辻を。


「ふふっ」


 口の端が吊り上がる。(うた)としてはまあまあの出来だ。しかし後には名作となる。

 なぜならば。新しき英雄詩を打ち立てし後、今夜の事は伝説の始まりとして語られる筈なのだから。


 ゆっくりとわしは、采をアオバ村に続く小道に向けて振り下ろした。


10連休の毎日更新達成。


現在、幕末物の作品構想があり、そちらはカクヨムでも掲載しようかと考えています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらもどうぞ。

転生したらタラシ姫~大往生したら幕末のお姫様になりました~
まったりと執筆中

薔薇の復讐 作者:雀ヶ森 惠


ブックマーク・評価点・ご感想・レビューを頂ければ幸いです。
誤字脱字報告その他もお待ちしています。

【外部ランキングで本作品を応援】(一日一回クリック希望)


メッセージと感想(ログインせずに書き込み可能)にて受け付けます。

ヒロインのビジュアル
ヒロインたち
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ