青葉砦の戦い-04
●旗を見せよ
最近とみに、魔物の出現頻度が増えています。我がタチバナ家周辺も例外ではありません。
なのにこいつは何を喚いているのでしょう?
「で、ご使者殿。自分の領地を放置してまで、ネル様を討てと仰るのですか?」
「お家の一大事なのだ。奉公するのが累代の家人の勤めであろう」
「ふ」
軽蔑の笑いしか出て来ません。
古来より、奉公は御恩の範囲内と決まっています。主家とは言え、内部のゴタゴタにタチバナが付き合う道理があるのですか?
「生憎ですが、昨今急に増えた魔物の対策で手一杯。タチバナに兵を出す余裕などあると思いますか?
先祖伝来の本貫を捨て置いて、馳せ参じる程の御恩を受けた記憶はないですよ」
「モリビトは、主の馬前で死すが誉である」
「お黙りなさい。
小なりといえども自分は、タチバナは領主。領民を護る義務があります。
直参の郷士や郎党のように考えられては困りますね。
タチバナに領民の守りを捨ててまで、お家騒動の一方に加担する義務などございません」
自分は道理を説いた積りなのですが、どうもこの忠義馬鹿には理解不能と思われます。
決して使者に立ててはいけない粗忽者。己の忠義を、そのまま無条件で立場の違う他家の者に押し付ける愚か者。視覚狭窄の烏滸の者。
このような阿呆の手合いを寄越すようでは、カルディコットに人無しと主家が侮りを受けることを気付きもしないのでしょうね。
「義務は無くとも義理はあるであろう」
「義理? ご使者殿。仮にもネル様は主筋に当たります。当家に害を及ぼさぬ主筋に弓を引けと?」
「カルディコット一門ならば、武人の心を掴んでいるアイザック様に馳せ参じるのが道理であろう。
それともお家に弓引くお積りか? モリビトならば、筋を通すべきである。今直ぐ旗幟を明らかにせよ」
駄目だこれは。と自分はこの男に見切りをつけました。
もっとまともな使者を立てぬ限り、見に回っても後から言い逃れなど容易いことです。
「義理だの筋だの道理だの、そう仰るのなら申しましょう」
自分はきっと睨みつけ、白目を剥いて言い放ちました。無論、激高した相手が襲って来た時に対応出来る様、鞘ごと剣を引き抜いて。
「仮にも自分は、一度はネル様の婚約者候補として名の挙がった者ですよ。義理と言うなら寧ろネル様にお味方するのが筋と言うもの。
いいですか? ましてネル様は碌な兵も持たぬ身の上です。勇士を束ねたるアイザック様に仇為すことは難しいと見るのが道理ではありませんか。
あなた。縁あるか弱きネル様をお扶けするどころか、兵を差し向けて討つなど武士の一部が立つとお思いですか?
それともあなた、なんですか? 当家が加わらねば、影より他の友無き如きネル様によって、数多の勇士を束ねたる武名高きアイザック様が亡んでしまう。
斯様に抗弁なさりたい訳で?」
「なっ……」
唖然とするご使者殿に自分は決定事項を言い渡します。
「さ、ご使者殿。お帰りはあちらです」
そう。けんもほろろに追い払わねばつけ上がりそうな手合いを、これ以上相手するのを打ち切りました。
弁えを知らず、ただ居丈高に怒鳴り散らすしか能の無い者に、今回の様な使者が務まる筈も無いと言うのに。
カルディコットは何をやっているのだと思う寄子は少なくないでしょう。
女の身故に手勢を持たず、乳母の家エッカート以外味方になる家も無いネル殿が相手なのです。強力な兵を持つアイザック殿やフィン殿がタチバナ如きを頼る必要などあるのでしょうかね?
仮にそれがあったとしても。家中を束ねられぬ者に一門が束ねられる道理の有る筈がありません。
モリビトとは、本領安堵してくれる者に奉公するものなのですよ。





