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青葉砦の戦い-03

●村が砦に成りやがった


 ちょろい仕事だ。そう思ったね。

 大して手練も人数も居ない開拓村を襲う。魔物の領域から外れた分村入植だから、蓄えは少なくとも売り物になる女子供がそこに居る。

 村の乱暴取り御免の黒印状を頂いちまった以上、より取り見取りの早い者勝ち。クジを引き、一番手を引き当てた時は拳を天に突き上げた位だ。


 だが、あの村には女だてらに強弓を引く娘が居やがった。そしてあの痛がりが、大袈裟な悲鳴を上げやがるもんだから、肝の据わって無い奴らが崩れちまった。

 半弓にも関わらず、たかが矢竹矢にも関わらず。狙いすました一本の矢で俺達は、膨らませ過ぎたカエルの腹の様に破裂させられたのさ。


「無様だな」

「一言もねぇ」

「開拓村だ、弓矢の心得の有る奴が居てもおかしくねぇ。がっついて盾の用意も無く突っ込むからよ。

 矢と言っても鏃もねぇ矢竹矢だ。薄板一枚、布一切れで楽勝よ」


 笑いながら矢防ぎの準備をしている二番手の連中。


「悪いな。女子供も食い物も、俺達が洗い浚い頂いちまって」


 それはさっき俺達が言った言葉そのままだった。


 小一時間。怪我をした二番手が、這う這うの態で戻って来た。

 俺達よりも酷い怪我だ。


「さっきの大口はどうした?」


 俺様がそう言うと、


「何だよあれ! 野獣防ぎの壕と土塁と柵だけだとぉ?

 とんでもねぇ! ありゃ砦だ。村が砦になってやがった」

「砦とは大袈裟な」

「道が坂になってて、脚の鈍った所に石が降って来やがった。

 構わず走り抜けたらいきなり壕に落とされて、這い上がったらまた壕だ。堀の底から石の壁。そこで何人か遣られた」

「何だよそれ。そんなのさっき無かったぞ。馬鹿正直に門を攻めずとも、護りの薄い所があっただろう」

「ああ。迂回して村の土塁に取り付いたさ。そしたら横から矢玉が飛んで来やがった」


 三番手の奴らが身軽な狩人上がりを撰んで物見に出し、様子を探って来ると、そのあらましが判明した。

 門の前に築かれた、突出した馬蹄形の壕と土塁が曲者だ。土塁の上と出入口に当たる左右の付け根に掻盾が並べられ、そこから矢玉を見舞って来る。矢玉は、村の壕と土塁に取り付いた所に飛んで来るのだ


 俺達が逃げ帰って彼らが突っ込む僅かの時間に、村の護りは変貌を遂げていた。


●修羅に入れ


「たとえ一人で強くとも。無頼の者だ、戦い慣れているだけで決して人外の強さでは無い。

 地物を薙ぎ払うような破壊力がある訳でも、空を飛んで来る訳でも無い。

 そして寄せ集めの無頼故に、集団としては狼にも劣る」


 だから恐れるには足らず。と村長は村の男たちを鼓舞する。

 しかし、そんな村人達を、


「実際にこちらは無傷で退けたのだから、舞い上がるのは当たり前ですね。頼もしいけれど調子に乗らないか心配です」


 と眉を顰め、見てて危ういとシアは呟く。

 士気はそのまま、驕りと暴走に繋がりかねない程に盛り上がっている。

 しかし、


「大丈夫。あの程度の奴ならね。

 それにクリスちゃんのお仕事さえ終われば、盛大な肩透かしをくれてやれるわよ。

 置いてけぼりにした神殿騎士達や、ここの領主が駆け付けるまでくらいの時間は、あたし一人でも稼いで見せるわ」


 シアの心配を他所に、ネルの見立ては異なった。


「ネルさん、無茶は禁物です」

「大丈夫。あたしの腕前とクリスちゃんの防備を信じて。矢や食料さえ尽きなければ、一年でも支えて見せるわよ」


 慎重なシアに向かって、ネルは胸を叩いて請け合った。


「来たわね。いいこと?

 取り付いた奴らはあたしが止めるから、合図とともに一斉に縄で括った大石を落として。

 石は引き上げて何度でも使うから、確りと括り付けておくのよ」

「なるほど。そうやって戦うのですか」

「覚えておくのよ。

 籠城戦はどうやって節約するか、どうやって相手に浪費を強いるかが勝利の鍵だから。

 どれだけ自分達が血を流さず、相手に血を流させるかが勝負だから。

 土も汚穢(おわい)も尽く武器。矢竹に仕込めば傷を膿ませ病を起させる恐るべき武器になるのよ」


 矢竹矢は細く小さな竹槍だから、中の空洞に物を詰められるのだ。


「殺せなくとも手当てを怠れば直ぐ病。病気にさせれば、傷を膿ませれば、そいつは敵の足手纏いになるの。

 心を鬼にしても、味方に止めを刺すのは堪えるわよ。そのうちとても戦いどころじゃ無くなるから」


 村人の幾人かはそんなネルにドン引きである。しかしそれを平然と口にする所が、ネルが弓の貴族の娘たる所以(ゆえん)である。

 戦い治める武士(モリビト)は、その武力を背景にした徴税能力が権力の源泉。必要とあらば殺す覚悟は幼時の時に完了しているのだ。


「来ました!」


 街道の方から土の道沿いに迫り来る武装集団。


「増えたわね」


 ネルはブルっと胴震いした。


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