青葉砦の戦い-02
●魔法普請
「賊の襲来よ。武器を執る者は?」
村長らを睨み付け、ネルが訊ねると、
「村の男は取り敢えずの心得はある。剣の使える者は少ないが、弓の心得が有る者もおり、槍や投石なら訓練している。
最悪、女子供も投石ならば戦いに参加可能だ」
まだ若い村長は、一般的な村人よりも戦えると請け合った。
魔獣の領域から外れた安全区域とは言え、野獣やハグレの魔獣なら出くわす歴史の浅い開拓村だ。村人も若く血気盛ん。
多くは次男三男それ以降で、本村では到底手に入らぬ耕地を求め、苦労多い開拓に加わるだけあって士気も高い。女子供も本村口減らしの感があり、モノビトに売られるよりはと志願したクチだ。
男も女も子供さえも、ここを遁れて先が無い身の上だった。
こうして、改めて村の事情を聞いたネルは、
「今回は、村の貧しさが幸いしたわね。
こんな時、不足する食糧を補うため弓矢で狩りの経験を積んだ者が居る事と、矢の備蓄が有る事はありがたいわ」
と勝率が上がった事を喜び、素早く計算を巡らせると、
「クリス。出丸の普請は頼んだわよ。シアは女の人や子供を纏めて、手頃な石と矢竹を採って来て。
村長。弓矢を使える者を集めて、村のありったけの弓矢を全部持って来て。野獣対策に備えはあるでしょ?
それに板や丸太も出来るだけ」
そう二人と村人に指示を出した。
見た目は若い娘であるネルではあったが、実力は先に見せた通り。そしてシアは神官である。だから村人は、二人が指揮を執る事に何の抵抗も無く従った。
しかし、クリスはまだ十歳。成人が十五歳とされるこの世界でもまだ子供。現代日本人だと中学生くらいの感覚の年齢だ。随うと言うよりはこんな子供だけに任せておいて良いものかと言う道理に遵って手助けをしに来た感がある。
「集中するので周囲の警戒お願いします」
と頭を下げたクリスは、直ぐに呪文を唱え始めた。
「汝に賦す。升るに冥し。
息まざるの貞きに利し。
穿て 地の風 陥穽」
陥穽つまり落とし穴と口にするが、掘って居るのは塹壕だ。
村の出入口の前に馬蹄形に塹壕と土塁を配置する。急拵えながら、一気に村に入って来れない様に工夫された、馬出しと呼ばれる堅い防御設備が築かれて行く。
街道に続く道の方向以外、多数の兵を展開出来る場所は無い。だからこの門の所が村で一番守りの薄かった場所だった。そこが見る間に、砦クラスの堅い守りに変わって行く。
急拵えだから不十分だとクリスは言うけれど。馬出しを容作る土塁とそれに沿った壕を築き、外側に壕と土塁を連ねた。
配置や高さ深さも嫌らしい。敵側から俯瞰すれば、緩い坂の向こうが急に落ち込んで土塁の高さと壕の深さによる倍の段差。底から這い上がるとまた直ぐに深い壕。そしてその底から倍以上の段差の土塁が行く手を阻むと言う構造だ。土塁の上には丸太が並べられ、矢狭間を除く窪みは全て泥土で埋められた。
「謙りは尊くして光り
卑くして踰ゆる不可るは
利ろしから不る无し
揮え地の山 石化」
クリスが呪を唱えると、丸太と埋めた泥土は忽ちにして強固な石壁に変わる。
「野盗輩、雑兵輩に、地の魔法が使える人は居ないと思うけれど。
魔法で崩されたら、直ぐにクリスが直すからね」
クリスが作った壕の深さも土塁の高さも、常寸よりも少しばかり大きく取って居る。
大して見た目は変わらないけれど、戦いともなるとそのほんの少しが絶望的な違いに成るのだとクリスは語る。
「長引くと、屍で埋め立て屍の山を築いて越えられちゃうけれど。最悪魔法で掘り下げ積み上げちゃうからね」
邪気ない幼顔に笑みさえ浮かべ、当たり前の事の様に口にするクリス。
「これが武士の娘なのか……。弓の貴族恐るべし」
ブルっと若い村長は胴震い。
そうしてクリスの指示で、出来上がった馬出の出入口を丸木と板を連ねた掻盾で塞く。そして隙間利用の矢狭間より、村の壕と土塁に張り付く敵に、横矢を掛けることが出来るようにした。
「これね。兄ちゃが教えてくれたんだよ。
一直線に築かれた障害で足を止め、障害と平行な射撃で敵を叩くのが、防衛の基本なんだって。
村の護りの壕と土塁と柵が、ここだと丁度一直線になってるでしょ。張り付いた敵も一直線に並ぶから、矢を射かければ当てやすいよ。外しても別の敵に当たり易いから」
見る間に強固さと恐ろしさを増して行くクリスの魔法普請。
「あはは。スジラドあんた、ちっちゃい子に何教えてたのよ」
ネルは唯、笑うしかなかった。
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