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アオバの角笛-10

●ネルを討て


「あのう使者殿。こんな開けた場所で良いのですか?」


 若い村長は首を傾げる。


「いや、却って何も隠れる物が無い場所の方が、秘密の話には都合良い。建物の中など、陰で誰が聞いているのか信用ならん」

「そう致しますとこの樹も避けるべきでは」

「ふ。こんな細い木など、猫や小さな子供でも無ければ枝が折れてしまうわ」


 慎重を期す村長を、使者は鼻で笑った


「よいか。近い内に神殿の慰問団が参る。

 女だてらに跡目を狙うネルめに(くみ)する神殿の手の者を、討つかさもなくば捕らまえるのだ。

 逆賊の勢力を弱らせることこそ、カルディコット家の御恩に対する奉公と心得よ」


 すると村長はとても嫌そうに、


「ネル様は先代様のご息女。主筋に当たります。しかも正室腹ではございませんか。何故このようなご命令になるのでございましょう」


 命令の受諾を渋った。


「知れたこと。アイザック様が一門の統領と成るべき御方だからよ。

 如何に正室腹の御舎弟様とは言え、弓の貴族は武威が全て。一朝(こと)あらば、(やから)を統べて戦場に立つことこそが肝要。

 御舎弟様におかせられては、ご自身の武勇に不足はなけれど。ソロバン勘定だけが取り柄の文弱の徒や、口が上手いだけの(はらわた)の腐った文飾(ぶんしょく)の輩をお好みになられる。

 真、統領に相応しきは。主君の為とあらば火にも水にも飛び込む武勇の士の心を盗りにし者ぞ」

「と、申されても。黒印状も無しにご連枝に弓引くことは出来かねます。

 私とて恥知る身。下知を証す黒印状もなく、主筋に弓引くことなど真っ平です」

「黙れ! 拙者が誰であるか知って居るな」

「……アイザック様の部将、ジェイバード殿でございます」

「ならば何故躊躇う。逆賊ネルめを懲らす為よ、首尾良く参れば恩賞も下されよう。

 女を討つのが恥と心得るならば、捕らえて我らに引き渡せ。良いな」


 有無を言わせぬジェイバードの声。

 見渡す限りに人影がない事に油断して。身体の軽い子供でなければ登れぬ木に安心して。内緒話とも思えぬ大きな声で命じたそれを、クリスとローラは耳にした。

 足の下で話された内容の一部始終を聞いていた。


 ジェイバードも村長も居なくなり。お祭りが済んだ原っぱの様に、辺りがシーンと静まり返った頃。

 息を殺していた二人は下に降りた。


「お姉ちゃん」


 不安げに服を掴んで来るローラに、クリスは優しい笑顔を向けた。


●角笛の音


「ネルお姉ちゃん」


 村長の家に戻ったクリスは急を告げた。

 ネルは呆れ果てた顔をして、


「ジェイバードとか言ったっけ? あいつホントにお馬鹿ぁ?」


 あるいは、村人風情の言葉など取るに足りないと思っているのかもしれない。

 でも侮りが過ぎて、二言三言子供にでも聞けば直ぐ判るような情報を手に入れていない。

 だったら幾らでも対応できる。


「ネルお姉ちゃん。気持ちは解るけど、少し侮り過ぎだよ」

「心配ないからね。だって、自分で全然調べもしない粗忽者相手だよ。

 ほんの少し調べれば、あたしがこの村に居るって判る筈なのに全然気が付かないんだから」


 肩を竦めて見せるネル。


「でもまぁ。わざわざ相手のレベルに合わせて、こっちもお馬鹿さんになる必要無いわよね。

 クリスちゃん。絶対に負けない方法って知ってる?」


 ネルが謎を掛けると、


「うん。戦わない事だよね」


 勝てない時はさっさと逃げるのが一番。逃げて次の機会までに勝てるようにする。

 それがネル達が教わった兵法だ。


 しかし、何が正解で何が間違いかなど、事件の渦中の者には知る由もない。

 ネルの矢筒には僅か十矢。この決断が吉と出るか凶と出るか。


 もしもサイカの村を襲った賊がネルを狙ったものならば、当然ここにも遣って来る筈。

 そうなれば、たとえ村長がネルを引き渡さずとも。この長閑な村の風景が焔と血潮の紅に塗り替えられることは間違いない。


 こうしてネル達が、ひっそりと村を抜けようとした時。


 ブォ~! ブォ~! トットトトットトポゥ~~、ブォ~!


 急を告げる角笛が響いた。


本日二話目。平成最後の更新です。

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