アオバの角笛-08
●平和なひととき
村は貧しいながらも余裕がある。
普通の村では仕事に就いているような子供達が遊んでいるからだ。
とは言え。
「居た! そっちそっち」
用水に繋がる堤防の川の方でカニ取りをしている男の子達。
「うちの村と同じね」
クリスが指摘した。
これは遊びだけれど、それだけじゃない。ちゃんと村の役に立つお仕事にもなっている。カニを取った後、近くに旗の着いた小さな杭を刺しているのは、後で大人がカニの穴で痛んだ堤防を補修するためだ。
あちらでは、土手で草摘みをしている女の子。
「ねぇ。何採ってるの?」
クリスが駈け寄ると、
「ヨモギとノビル。それとお茶のタンポポ」
立派な食材だ。
女の子に混ざって草摘みを始めたクリスをおいて、シアとネルは一番立派に見える家に向かった。
もちろん、神殿からの慰問なのだから医療奉仕の為である。
若い村だから、子供は居ても年寄りは居ない。その代わり、ぽつぽつと来る妊婦の相談や赤ちゃんの相談に乗るシアとその助手のネル。
「夜泣きが酷くて」
「夜泣きは赤ちゃんの寝言の場合が多いです。
小声で十までを、指折り片手分数えて下さい。それで寝静まるなら寝言です」
「え? 寝言?」
「はい。寝静まるなら寝言です。起こさずそのまま寝かせておいて下さい」
「それじゃあ、わし……」
「お世話する積りで、寝て居る所を起こしています」
がっくりとなるお母さん。
「十までを片手分数え終わっても泣いているようでしたら、お熱は無いか確認し……」
シアはアドバイスを続けて行く。
「赤ちゃんや小さな子供には、決して生水を飲ませないように。一旦グラグラと煮たてて冷ました湯冷ましを、その日の内に飲ませて下さい。一晩過ぎた物はもう一度煮たてて湯冷ましにすることをお勧めします」
衛生指導も神殿のお仕事だ。
日が傾き掛けた頃。ネル達の所にクリスが戻って来た。クリスより四、五歳幼いこの家の娘と共に。
そして夕べの鐘が響く中、ネルが獲ったツグミ他が焼かれ、クリスと村長の子供が採ったノビルが茹でて添えられる。小鳥の骨はスープの出汁として夕餉の膳を賑わす。
「お姉ちゃん。いつまでいるの?」
クリスの袖を握り締めた村長の娘は、顎を持ち上げ瞳をクリスの顔へと向ける。
「明日が神殿が定めた安息日で礼拝があるから、明後日の朝までかな? その頃には、お姉ちゃん達のお仕事が終わるから」
因みに安息日とは、御法の君イクイェヂ・ホート・マーメィが定めた休息と礼拝の日の事だ
明後日には出立する。と聞いた村長の娘は寂しげに
「そんなに早いの?」
と目を潤ませる。
そんな、まだ泣いては居ないものの悲しい目で縋る女の子に、
「ローラ。無理を言っては駄目ですよ。お姉ちゃん達は他の村にも行かなくてはならないのです。
おまけに本村の方で人を待たせているのですよ」
と道理を説いて、母親が窘めた。
「聞き分けの無い子ですみません。村長の娘なので、皆に甘やかされているようで……」
謝罪する奥方にシアは、
「いえいえ構いません。子供とは本来そう言うものですから」
鷹揚に受け入れる。
「お母さん。お父さんは?」
落ち着いたローラは、やっと父親の居ないことに気が付いた。
「村の会合ですよ。あちらで食べて来ると言って居ましたから、そろそろ食べましょうね。
お祈りはシア様。お願いして宜しいでしょうか?」
「はい」
本職の神官だけあって、シアは快く引き受ける。
「ローラちゃん。お手を組んでお目を閉じて」
そうして紡ぎ出される祈りの言葉。
――――
嗚呼、慈愛の神オーカ・ヤティコ。貴き聖名を崇め奉らん。
奇に畏しその聖句。奇に尊き大聖句。
「汝、乏しきを憂うる事勿れ。唯、等しからざるを憂うべし」
宣らせ給いしオーカ・ヤティコ。
聖句の旨を心に刻りて、
み恵みの、糧食む度に、朝夕に、露も背かじと我は誓う。
イズヤの神が降し成す、試練の嵐哮るとも。
眞鐵と黄金と白銀の、三つの札にぞ記したる、
我を見守るみ使いの、伝えを記すその札を、
己に愧じぬ行いを、御法の君よ御照覧あれ。
我らが糧に給われし、数多の命に心より、
感謝を以てこれを食まん。
頂きます。
――――
「どういう意味?」
と幼いローラが尋ねたので、シアは平易な言葉で言い直した。
――――
ああ、慈愛の神オーカ・ヤティコ。貴きお名前を崇めます。
言い表しようがなく恐れ多いそのお言葉。不思議なまでにありがたいお言葉。
「乏しい事を心配してはいけません。ただ平等でないことに心を砕きなさい」
そう仰られたオーカ・ヤティコ。
お言葉の意味を心に刻んで、
お恵み下された食事を口にする度に、朝に夕に、少しもお言葉に背きませんと私は誓います。
イズヤの神様の与えられる試練がやって来ても。
鉄と金と銀の、三種類の札に記された、
私を見守るみ使いの報告書を、
私自身に愧じない行いを、法を司る神様ご覧になって下さい。
私達の食事に使われた、多くの命に心より、
感謝を奉げて食事を致します。
頂きます。
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