アオバの角笛-07
●ちいさき村
街道から離れた小さな村は、開拓村のアオバ村。
土地の領主エドマンド・ミハラ伯爵が耕作地の少なくなったハルヤマ村を分村させ、三男以下を入植させた新しい村だ。
条件は悪い。本村から四キロ程川下に当るから、生活排水の加わった川の水は飲料に適さない。日照りと成れば本村が水を止めてしまうから、収量の多いオリザの為の沼畑はそう広く作れない。
それでも教育の機会を与えられなかった農民の子倅。そう能も無く学も無い者達にとって、兄貴や甥の厄介に為らず身を立てる数少ない機会。ここに来れば土地を手に入れ結婚が叶うのだ。
たとえ暮しがどん底でも。これから良くなって行くのだと言う希望がありさえすれば、人の顔は明るい。
物陰に隠れた遠目だが、そんな村人の様子を垣間見てシアは言った。
「ここまでくれば、一安心です」
ネル・シア・クリス。追手を撃退あるいはすり抜けて、やっとの思いで敵勢力の外に到った女の子三人は、休息を取れそうな集落に辿り着いた。
ナオミの残った村へは後もう少し。しかし護衛の神殿騎士とは合流出来ず連絡も不通。
おまけに、
「ネル様。残り矢は」
「後十本。一戦遣るには心許ないわね」
シアの問いにネルは渋い顔で答えた。
正直、正規の矢十本と言うのは非常に厳しい。なぜならば弓と矢はセットである。弓に適った矢で無ければ、番える事さえ儘ならない。
幼い頃カッサンドラ先生に手渡されたネルの弓は、背が伸びた今では丁度半弓の大きさだ。
対して敵の弓は長弓。これでは、斃した敵の矢をそのまま使う訳には行かないのは明白である。
「まだ即席の矢竹矢の方が使えるわよ」
ネルは近場に生えていた矢竹の藪を指して肩を竦めた。
「じゃあ、少し採っとくね」
武器の黒曜石のナイフではなく、鉄の剥ぎ取りナイフで矢竹を刈るクリス。農民にとっては竹として使い道の少ない雑草のような物なので、咎められる事は無いと思う。
余談だが、矢竹矢とは比較的どこにでも育つ矢竹と言う細く小さな竹を斜めに切って鏃とし、長さを調整して矢にした物だ。矢羽も同じ矢竹から取る。
こんなものでもマジックアイテムであるネルの弓で射ると、武器としてそれなりに役立つ。
但し、少し離れただけで急速に威力が失われて行くし、所詮は小さな竹槍に過ぎないからちゃんとした鎧や魔獣の毛皮には弾かれる。だから鎧外れや隙間を狙うなど余程上手く使用しないと物の役には立たないのだ。
それでも野鳥や小動物の狩りには有用で、塩さえあればネル達が飢えることは無いだろう。
こうして、一先ずこの村は大丈夫と結論付けた三人は、村と街道を繋ぐ道まで回り込んで、正規の入口から村を訪れた。
土塁と水堀で護られた村の地境。
土塁は掘を作った時の掻き上げで、外に荊の繁みを作り、上に隙間なく細い丸太を打ち込んで垣根を巡らせた物。
水堀の方はと見れば川の水を引き込んでおり、中には川魚の影。ぼうふら退治の魚が生簀の様に飼われていた。
村の正門の前には二人の番人。
風体は皮鎧を装備した普通の農民であるが、赤銅さながらの日焼けした肌で一人は顔に向こう傷がある。
いずれもネルの太股と腰の間はあろう太い腕に、長い穂先の槍を持って村の入口を護っていた。
槍は丈夫な木の棒で先に剥ぎ取りナイフを括り付けた粗末な作りだが、切るに良し突くに良しと実戦的な侮れない物。恐らく二人はノヅチの生まれかイズチ上がりなのだろう。
番人二人は、ネル達を見止めると誰何した。
「どうされました?」
顔から想像できない丁寧な言葉が投げかけられた。
そうだろう。良い身形の若い女の三人連れ。一人は神殿の神官服。一人は貴族の乗馬服。そして残る一人も良い身形の上、若いと言うよりはまだ幼い女の子なのだから。
それが先触れも無く遣って来たのに、追い掛けられている様子もない。不思議に思うのは当たり前だ。
しかし油断はせずとも、わざわざ声を荒げる必要は無い。番人達は至って穏やか。
ネル達の中からシアが一歩進み出て、
「門を開けて下さい。私達は神殿から慰問です。供や別の神官は、大きな村の方で奉仕についております」
と呼ばわった。
「ここらは魔獣は出ないとはいえ、たまに危ない獣が出る。見た所、武装しているのはそこの若いお嬢さんだけの様なんだが」
これは多分ネル達を気遣っての事だ。
「恐れ入ります」
今度はネルが口を開く。
「失礼しても良いかしら? 私の腕前をご覧になりますこと?」
右手に矢竹矢を持つと、その先で上空を飛ぶ鳥を指し示す。
「ああ。構わない」
矢竹矢ならば狩りの矢だ。着ている皮鎧を貫いたとしても、薄い手傷しか負わないだろう。
籠城戦では半分威嚇のために使われる。数を恃みに矢の雨を降らせ、運が良ければ怪我をさせるのが目的で、狙い撃ちする征矢を隠す為に使われる事が多い。
平時は小鳥やウサギなど小動物を狩る為の矢だ。
「ごめんあそばせ」
半弓に見えるネルの弓に矢竹矢を番え、狙いははっきりと上空だ。
ビュン! 弓の弦が勇ましい音を立てる。
番人の近くにポトリと落ちた一羽のツグミ。矢は身体では無く右の翼を貫いており、パタパタ振るわれる片方の翼でツグミは円を描いてくるくる回る。
「「ははは、は」」
番人二人は顔を見合わせ乾いた笑い。こんなおもちゃみたいな矢でも、目を貫かれれば殺される。
二人は今更ながらに、にっこりと微笑むネルの顔を恐々と伺った。
2019-05-06まで毎日更新中





