アオバの角笛-04
●真夜中の襲撃
真闇の中。火の筋が一本、流れ星のように弧を描いた。と思ったら、領主の館とは正反対に位置する地境の木柵に近い民家の草葺き屋根が燃え上がった。
その明らむ炎を目印に矢叫びは吼え、次々と流れ火の河を作る。
「「「うぁ~!」」」
大地を揺るがすような鬨の声。ブォ~! と角笛の音が遠く響き、ドラムの音が激しく高く打ち鳴らされ、村を囲む木柵に数か所同時に槌音が響く。
木柵は野獣やこの辺りに出る魔物を防ぐ為の防壁だ。貧しい開拓村ゆえ、まだ人が攻めて来ることは想定外。
否。人手が足らず身元保証人無しで受け入れているから、明日をも知れぬ盗賊を働くより職を求めて村に入る方が美味しいのだ。
貧しいと言ってもそれは現金収入が乏しいと言うだけで、既に豚と一つ鍋の欠食覚悟の時期は過ぎ、日々の飯を食わせるだけで良いなら三歳の子供でも務まる仕事もあると近隣に宣伝している。
例えば干し物を啄ばみに来る鳥を追い払う見張り、例えば赤ちゃんや小さな子供の子守。これだけでも日々飢えぬ位の食料は手に入る。
もちろん能力と意欲が伴えば、将来自分の土地が貰えたり狩人やイズチの職もあり、働き次第では作り取りのノヅチ様にだって成れる夢がある。ここまで行けば歴としたモリビト様。スラムの住人や盗賊崩れ、あるいは故郷を捨てた犯罪者。身元定か成らざる者から見れば子孫に遺せる美味しい家職となるのだ。
こんな、昨日に勝る今日よりも明日はもっと幸せになれる希望が有り、誰でもその中の一人に成れる所に盗賊の襲来は無かった。
少なくとも昨夜までは。
フヒィーン! 興奮する馬の嘶き。
厩の馬が引き出され、対応に向かうマーティー卿とその一党。
マーティー卿とニ、三の者だけが弓矢を携えて、後は槍と剣で武装していた。
「奮えやサイカの兵! 賊の首級一つに銀一匁。賊めは宝の山と思え!」
即物的な褒美だが、
「それは剛毅。賊の百人も居ればありがてぇ」
呵々と笑う彼らの声は、宵闇の中篝火に照らされた野外ステージで行うワーグナーの楽劇のように夜の静間に木霊する。
恐らくは、魔物以外では皆が初陣だと思われるのに。気負い一つ無き善き益荒男振り。
錆びたりとは言え一筋の槍。痩せた駄馬でも馬一匹。夜の混戦に成っても良きよう、鎧の上から白いタスキを掛けている。
「良いか。ウツギと言わばシキ。ヤマダと言えばシズだ。返せぬものは構わず討て。
闇の中、躊躇うものは犬死にぞ」
何事と出て来た慰問団の護衛達に、
「心配無用。巫女様達を起こすには及ばない。卿らは留守を頼む」
と言い残し、マーティー卿は出立する。
、粛々と人馬は賊の取り付いた木柵へと向かって言った。
暫くして、静かになった館の周り。襲撃に備えて神殿騎士が警邏する巡回の間を突いて、匍匐して奥の部屋の窓に近付く影。
恐らく茶色か濃い緑なのだろう。闇に溶ける色の服を纏った一団が居た。皆覆面で顔を隠し、その細い眸しか、光を返す物は無かった。
シュッシュッ。闇の中で先頭を行く一人の指が、衣擦れにも満たない音を発して三度動き、手首が回され、また三度動いた。
すると独り、集団から抜け出した影が窓辺に貼り付いた。高価なガラスの窓越しに中の様子を伺い、耳をそばだてる。
影は暫くそうしていたが、やがて黒い半円の鋸を押し当て、ゆっくりと窓を削って行く。こうして影は、鎹や千枚通しのような物を駆使して窓その物を切り離し、音も無く窓を取り外した。
奥の部屋の中に三人の影。皆、鉄の管を竹槍のように切落した刺突ナイフを手に持って、泊り客の位置を確かめると、その心臓の辺りを目掛けて一斉に突き立てた。





