アオバの角笛-03
●怪しさ一杯
「あんた達。すっかり胃の中の物を吐いちゃいなさい」
胃酸の臭いが立ち昇る中、ネルの只ならぬ形相に二人は倣う。
水差しの水でうがいをして、口の中をやさわかにした二人が、
「ネルさまどうして?」
「ネルお姉ちゃん。どうしたの?」
とネルと同じく息だけの発声で問うと、ネルは二人に向けて語り始めた。
「先触れを出したのが今朝の話。あの料理は、今日言って今日出せる物じゃないでしょ」
「そう言えば、そうですね」
頷くシア。急な客だと用意が間に合わず、領主や村長の家の普段の食事に少しばかり色が付く位。
例えば節約気味の薄い塩味の物が十分な塩気を持ったり、貴重な香草香辛料を土芥の様に物惜しみせず使ったり、備蓄してある保存食で補ったりとするものだ。
あとは精々秘蔵の酒を振舞うくらいと相場は決まっている。
取り敢えず食うに困らなくなった今は、村の拡張期で人手不足。金は払えぬが充分に食わせると呼びかけ、身元保証不問の来るもの拒まず受け入れている。
しかし何と言っても未だ開拓途上の村だ。今夜の料理が普段食べている物では無い事は一目で解る。
村で出せる精一杯のおもてなしと言えば聞こえが良いが、準備に相当な時間の掛かる物。
コトコトとろ火で煮込んだスープや、泥抜きに時間の掛かる淡水魚。殊にその最たる物は生食用に寄生虫処理をした淡水魚だ。
オリザ酢と火酒を混ぜた物に一晩漬け置き? 確かに寄生虫の類は殺せるが、どう考えても時間が足りない。先触れが到着したのは昼前なのだ。
「それに塩。塩壷を回さず、小皿に小分けしてあったのも怪しいわね」
ネルは自分が持った疑いを打ち明ける。
「でもネルお姉ちゃん。お肉なんてその場で切り分けて毒見までしてくれたんだよ」
クリスが首を傾げるが、
「あ。蛇のナイフ」
シアには少し覚えがあった。
「そう、蛇のナイフ。ウサ家は文官の家だけれど中央と関わりの無い弓の貴族だし。クリスちゃんは、まだ七歳の儀を通過しただけだから教えて貰って居ないでしょうけれど」
ネルはクリスに説明する。
蛇のナイフとは古典的な毒殺の手口。片側に毒を塗ったナイフで例えばリンゴなどを四等分して、塗って居ない面だけが接触している四分の一の欠片を毒見する。そんなトリックだ。
「シア、治療用のマジックアイテムあるでしょ? 念の為に全員解毒を掛けておいて」
「そうですね。用心するに越したことはありません」
「で、シア。今夜起こる出来事の神託は受けられそう?」
ネルが確認すると、
「済みません。自分の事を、しかも時間を指定して受ける事はまず無理です」
と謝った。
「使えないわね」
ネルは苦笑いすると、ならばとシアとクリスに提案した。
「服のまま、武器も携えて寝るのよ皆。早めに寝ましょう」
念の為に解毒の魔法を施し少し早く床に就く三人は、服を脱がずに武器を携えて床に就いた。
ご丁寧に、ベッドメイクされた布団と毛布の間に入るのではなくて、一旦毛布だけ引き剥がし、荷物の上に掛シーツを乗せて偽装。
自分達はベッドの下に潜り込んだ。ここは村の貴賓室でもある為、客が連れている小間使いを寝かせるスペースがベッドの下にあり、そこに毛布と藁布団が備えられている為だ。
三人は小間使い用の藁布団の上に、毛布を柏に纏って眠りに着いた。これなら一瞬で毛布から抜けられる。
あからさまに警戒仕切った遣り方であるが、これなら寝込みを襲われ何の抗いも出来ずに果てる事は無いだろう。





