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兄弟の奮闘-06

●望まぬハーレム


「怒ったぁ~。あたち、売られちゃう~」

「ベンジー殿。お(いえ)は罪を得て取り潰しになった訳じゃねーんで」


 おろおろと慌てふためく余り、段々と礼儀作法のメッキの剥がれて来るグンペイ。


「グンペイ! 俺以外に適当な相手はいないのか?」


 と問い質すと、


「ジュリアスの地を抱え込んでしまった以上。レイクウッドも抑えておきませんと、御大将の御料地が危うくなります。他の家に任せるなど将来禍根を残します」

「だよなぁ~」


 元々ドングリの背比べから半歩抜きん出ている程度なうちの男爵家じゃ、譜代の家臣に娶せると力関係が逆転するし、フィンに属する伯爵家家臣に力を持たせるのも業腹(ごうばら)だ。

 かと言って、俺の郎党達じゃ家格が全く釣り合わん。


「嫌ぁ~。売らないでぇ~」


 手を拱いているこの間にも、小さな女の子の泣き喚くキンキン声が頭に響く。


 領地を魔物に滅茶苦茶にされた。この事を不始末として、お取り潰しになった前例がない訳でも無い。

 しかし、魔物によって被害を受ける家が頻発している今回は、間違ってもそんな事が行われるはずがない。

 そんな事をしでかしたら、寄子ならば一斉に親替えするし、家臣ならば与えた領地を返上して主君を変えてしまうだろう。

 だから間違っても、俺がベンジーをモノビトに売る事は無いのだが……。


「ああ。偉大なる試練の神イズヤ様。貴方様も俺と同じ思いをしたんだろうな」


 特に、神々を統べ世人を衆伏(まつろ)わせる為に、正規の嫁だけで百八の種族から嫁を娶ったと神話に残るイズヤ大神。

 自分が同じ目に遭う前は、羨ましいと思ったものだが……。

 あの時の俺に会ったら、一発殴って遣りたい。


「御大将。どうか御甘受ください。

 寄子の寄る辺無き忘れ形見を保護するのは、寄親の勤め。

 それが娘だったら、自分か息子の嫁にして生まれた子に旧領を継がすのは、既に祖法となった仕来りです」


 他人事だと思って、抑揚の無い声で利いた口を叩くグンペイ。

 だが怒鳴れん。他に適当な者が居ない故、つい過重な務めを強いているためか。心が擦り減っているのが判るからだ。


「それより御大将。大変申し上げにくい事なのですが」


 光の無い瞳を俺に向けて、手打ち覚悟と言った態で口を開いた。


「それよりもっと困った話がありまして」

「いいから言え!」


 奥歯に物が挟まったようなグンペイらしからぬ物言いに声を荒げると、ベンジーはさらに大声で泣く。


「魔物の害を被ったナガセ騎士爵家から、貢物が届けられました」


 ぞわっ。嫌な予感が。


「あそこは前当主が戦死したばかりで、貢物どころじゃないだろう!」

「はい。跡を継いだヒロシ殿の庶女が見えております。

 申し上げにくいのですが、既に書類上は御大将所有のモノビトに……」

「なにぃ!」


 そっと出された証文と手紙を引っ手繰って目を通す。


「何だこの金伍萬両って言うのは! しかも、閣下の(はしため)の一人として(ねや)の一花にお加え下さい。だとぉ!」


 モノビトを解放する時、国庫にそのモノビトの代価のに二十分の一を解放税として納めなければならない。

 五万両の二十分の一と言えば二千五百両。男爵家がそんな現金をなんの見返りも無しに右から左に出せる筈が無い。つまり、返品お断りのあざとい手だ。


「で? 使えるなら事務方にでも起用したいが。確かヒロシ殿は俺よりも年下だったよな」

「御意」

「その娘とは幾つなんだ!」

「十二で女の手解きを受けた時の相手。子守の姉やとの子供だそうですから、まだ五つから七つぐらいかと」


 俺は掌で顔を覆った。


「流石に事務方の即戦力とは見做せんよな。

 しかも、俺の女にしろだとぉ? 何故だ! どうしてこうなった!」


「恐らくは。一族郎党玉砕したジャリアス家、御歳八歳の姫君を保護し、人の住める状態で無くなった領から保護して館に迎えられたことも一因かと」


「だからと言って次々と、つばなれしない子供を送り付けて来るのか?

 いくら若い女の方が悦ばれると言っても、限度ってもんがあるだろう。

 イクイェヂ・ホート・マーメィじゃあるまいし。幼過ぎる娘達をどうすればいい!」


 因みに、世に残る神話の中にはこう言う話がある。

 三柱(みはしら)の神が人の世に下られし時、幼児を生贄に捧げる習慣があった。

 この時、それを止めさせたのが、後に(ちいさ)き者の護り神となるイクイェヂ・ホート・マーメィであった。

 その時既に、法と記録の神となっていたイクイェヂ・ホート・マーメィは、幼い命が摘み取られる事を許さず、

「血肉を奉げず心を捧げよ」


 と()らせた為、これより後は本来生贄に捧げられて死ぬはずだった女の子達が、貢物のモノビトとして捧げられるようになった。と言う、神殿の聖別儀式である献児式の始まりの逸話だ。


 彼は捧げられし子供達を、世人(よびと)には理解の難しい彼の言葉を伝える預言者や、讃美歌を歌う聖歌隊を始めとする奉仕者としたと言うが、今の俺にそんなものは必要ない。


「いつから俺は、こんな優良株に成っちまったんだろう?」


 母の実家の力を借りて家を興す、初代の騎士爵か男爵のはずだったのに。


 財政及び名声のソロバンを弾けば、不本意ながら俺が抱えておくしかないのだ。


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