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兄弟の奮闘-05

●売らないで


御大将(おんたいしょう)!」


 俺の館。カルディコット男爵家の館に、今日も一大事の声が響く。


 ここの所、毎日毎日一大事。大安売りで値崩れを起こした一大事だ。

 只でさえ一門の掌握が進んでいないのに。


「ん~!?」


 いかんな。特にここ数日は、連日連夜の出動で俺も疲れ切って居るが、大将がこれでは家来共が動揺する。

 最近ロブリー・ワトソンを得て子分ごと召し抱えたが、それでも全く手は足りていない。


 弱った。疲れ過ぎて気怠く、内向きに威厳を保つのがやっとだ。しょぼしょぼした目を無理矢理見開いてそちらを睨んだ。


「また魔物襲来か? しかも永らく安定していた土地で立て続けに。有り得ない多さだぞ。いったいどうなっているんだ!」


 伯爵家寄子の貴族や代官からの救援要請。普通はこんな頻度で起こらない事が立て続けに発生している。

 しかも、かなりに割合が緊急度の高いもので、救援が間に合わなくその家の男子が全滅するような事案も何件か。


 結果。連日の救援出動で散財も激しく、カルディコット男爵家当主たるこの俺が金策に走り回らなければ成らないと言う体たらく。

 母の実家を頼って、未開拓地を開いて我が領と成さんと心掛けて十余年。魔物を蹴散らし領民を護る事だけを考えて郎党を集めてきた結果。今男爵家に、信頼に足る者に限れば俺以外、軍事物資の給与管理を行えるだけの学の有る者は居ない。

 いや、正確には居たのだが今は手元に居ないのだ。


「グンペイ! 今度はどこだ」

「はい。いいえ。魔物絡みですが、今回は救援要請ではなく……」


 口籠るグンペイの足元から、


「アイジャックしゃま。おはちゅにお目にかかりましゅ」


 寝不足の頭にキンキン響く様な甲高い声。


「あ~?」


 立ち上がって視線を移した。すると踏み潰しそうに小さい女の子が、まだ七歳の儀にも程遠い背と幼顔でこの俺を見上げている。


「何だぁ? このチビは」


 思わず口を飛び出したガラの悪い言葉に、チビはいきなり泣き出した。


「アイジャックしゃまに嫌われたぁ~」


 滑舌もままならない小さな子供。こいついったい幾つなんだ?


「おい、嫌うも何も。グンペイ! 何とかしろ!」


 こんな時、俺の乳兄妹にして現カルディコット男爵家の主計官。そう、ナオミさえこの場に居てくれれば、こんな事態も熟してくれるのだが。今は監視も兼ねて北の領地に出向中だ。


「御大将……」


 グンペイは恨めしそうに一瞥し、


「ベンジー殿、アイザック様は連日のお仕事で疲れていらっしゃるだけですよ。嫌ってなんかおりません」


 慣れない丁寧な言葉で宥めている。


「ほんと? おとりちゅぶし、じゃにゃい?」


 お取り潰し。それは貴族及び準じる家の、大罪を犯した家や継嗣がおらずに当主が亡くなった家を、そのまま消滅させることを指す。

 どちらも領地は主家に没収だが。当然、咎の有る無しで扱いが違う。


 罪を犯した家の場合、妻の家産や本貫地まで没収された上、死を賜らなかった家族がモノビトに堕とされ売り払われることもある重い罰となる。

 もちろん咎無い家が継嗣無くお取り潰しになる時、家名を継ぐ資格の無い子供が居る場合には拙くともそのまま庶民になるだけだ。


 後者の場合は、主君の与えた領地は没収されても、家に妻の家産があればそれは基本女系相続。領地を持って嫁いで来た妻に娘があれば、該当領地は実家に戻る事無く産んだ娘の物として扱われ、夫がその管理者として立てられる。


 悪い予感しかしなかった俺は、


「グンペイ。まさか……」


 と尋ねてみた。


「御大将。残念ながらお察しの通りでさぁ」


 その結果は、ああ無情。


「なぁ、ベンジー。お前幾つだ?」


 突き出される三本の指。


「の、ノォ~! なんだってこんな襁褓(むつき)の取れたばかりの娘を嫁にしなければならんのだ! いったい俺が何をした!」


 俺の庶子と言ってもおかしくない歳だ。


「怒ったぁ~。あたち、売られちゃう~」


 今の剣幕に火の着いたようにベンジーは泣き出してしまった。


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