兄弟の奮闘-03
●デスマーチ
カルディコット城。執務室に山と積まれた未決裁書類。
これら書類に使われている物は質の悪いわら半紙。麦とオリザの藁で漉かれた紙は、ペンで引っ掛かるため筆しか使えない。
「エド。替えを」
さっと出される替えの万年筆。
万年筆とは言われるけれど、こうした筆タイプはちょっとした手間だ。底ネジを外して中綿を取り出し、墨汁を染み込ませて使うのだが、補充の度に調整の時間を食う。しかも時々は洗って陰干ししてやらねばカビの巣窟になってしまうのだ。
「足りないね」
「そうですね」
目下、圧倒的に人手が足りない。
カルディコット一門は、僕が目ぼしい文治派と官吏を抑え、兄貴が主だった武断派と武人達を抑えた。
とは言え二人を合わせても、完全掌握出来ているのは家中の二割と言った所だろう。
おまけに掌握している者達自体が、決して一筋縄では行かない連中ばかり。良く言えば癖が、悪く言えば灰汁が強過ぎる。
兄貴の方など特に顕著で、武勇に優れては居るものの、礼儀作法の欠片も無い粗野な連中が多い。酷いのになると自分の名前も読み書き出来ず、数も十まで数えるのがやっとの者も居る。
ある程度有能かと思えば、功名に走り独断専行が過ぎる嫌いがあったり、逆に与えた命令に忠実過ぎてイザという時当てに出来ない者ばかり。
僕の方は僕の方で、計数計画に優れ目端は利くものの、先例・有職故事を重んじるあまりその規範から一歩も出ない者が大半。新しい試みに懐疑的過ぎる上、隙あらば増税ばかりやりたがり、油断すれば必要な予算すら削りたがる連中だ。
世の中が穏やかならばこれで構わないのだが、非常事態には妨げとなる者が良く無くない。
「足して二で割れば少しはまともになってくれるのかな」
軍事・経済・政治の素養が揃ったものなど一握り。そしてそう言う人物は謀叛っ気に事欠かない。
「フィン様。男爵家ならいざ知らず、伯爵家ともなれば組織のタガで抑えないとどうしようもありません」
愚痴る僕にエドが言った。
エド達兄弟は僕の乳兄弟で、一握りの人材の中でも謀叛っ気のない数少ない例外に入る。
兄のエドは文官の家の継嗣として内政・内部調整に長けており、若年ながら親父の遺した官僚達を上手く纏めている。
ここには居ない弟のミトは生まれる家を間違えたかのような乱暴者。しかしその分、世に長けた老武人達からは可愛がられ、良くその薫陶を受けている。
彼ら二人は僕の文武を支える両腕だ。
「それで。うちの、カルディコット一門の暗部の方はどうなりました?」
交渉を任せて置いたエドに尋ねると、
「捗々しくありません。彼らの協力が得られないので、お家は目隠しをして耳に綿を詰めているような有様です」
暗部は文官からも武人からも軽く扱われている。武人の中にはこそこそ嗅ぎまわる卑怯者と嫌悪している者も居るくらいだ。しかし彼らが居なければ物事を手探り状態で進めなければならない。
僕と兄貴。二人の力を合わせても一門を掌握出来ていないのは、暗部を取り込めていないからだとも言える。
最初の方こそ手を貸してくれたが。途中から、そうスジラドの自立宣言を境にすっと手を引く様に連絡が途絶えたのだ。
時折ハーブティーで咽喉を湿らせながら書類の山を片づけていると、そこへ伝令到着との連絡。
急ぎ通すと、息も切れ切れに文箱差し出される。
「報告します。タカシマに自立の動きあり。軍を催し周囲の村々を蚕食し始めました」
「なんですかこれは!」
渡された書簡に目を通すと、乱妨取りの記述が目に飛び込んで来た。
隣の領主から領地を奪い取る気ならば、決して行わぬ事。税を納める農民を害して、新しい領主には何の得も無い。
「それが。どうやら遠国よりモノビトを買い集めている模様で」
「土地の事を識らぬ者を入れても、直ぐに真面な収穫が……。いや、入れ替えてもモノビトによる直営の方が実入りが良いと踏んだのか。しかしよもやタカシマ家がこんな真似をするとは」
信じられぬ事を始めたタカシマ家。だが、この日のこの手の報告はタカシマ家だけでは無かった。





