誘拐-08
本日は0時7時21時の3回更新です。
●人攫いの狙い
目覚めると杭に縛られ、辺りを丸太に囲まれていた。隣の杭には女の子。その向こうの杭にはゴブリンと戦っていた男の子が、僕と同じように縛られている。僕と女の子は普通に縛られて猿轡だけだけど、男の子の方は身動き取れないくらい厳重に拘束されている。丸太の隙間から見えるのはへこんだ岩壁だけだ。
大勢の人の気配が近づいて来た。
「やれやれ。綺麗さっぱり持って行きやがったか。あれでも飼い主を斡旋してやれば銀六百匁にはなったと思うが、まあいいか」
「それより、本当に逃げられて大丈夫なのか?」
「スラムの孤児だ。そう騒ぎにはならんだろう。寧ろ話が紛れてくれるだけ安全になる」
「子供の脚だしな。二、三日は掛かるだろう」
「いやいや、食い物も無いから野垂れ死ぬかもしれないぞ」
何を言っているのか良く解らなかったが、あいつらが人攫いなのは間違いない。
「どーれ。若様に姫様の泣き顔を拝見しようじゃないか」
丸太の壁が取り除かれ、碌でもない連中が覗き込む。全員ツルっとした黒い仮面を被り、顔を隠している。
『助かった。助かってないけど助かった』
乳母から聞いている。身柄を攫っておいて素顔を見せないと言う事は、こいつらに生かして返す気があると言う事だ。
「随分と落ち着いてるな。ちっちゃくても流石お貴族様だ」
お頭らしい男が言った。
人攫いが僕の猿轡を外す。
「坊主。どこの御曹司だ」
アゴを掴まれ、くいっと顔を持ち上げられた。
「部屋住みだが、一応男爵家の嫡子だ」
簡単に身分だけ述べる。こう言っておけば、もし金が目的ならば、銀貨で売り飛ばすより、身代金の金貨をせしめる事を考えるだろう。そしてこう付け加える。
「我が家は、お家の恥を隠さなければならない程度には体面もある」
攫われた場所が場所だからな。吹っ掛け過ぎなければ荒立てる事は無い。と言う意味だ。
「ふ。俺達が怖くないのか?」
「命が目的ならとっくに殺しているだろう。生かしておくのは生かして置くだけの理由があるからじゃないのか?」
「……可愛げのないガキだな。だが、大人しくしているんなら安心しろ。無事家に帰してやるさ」
これで一旦カタは着いたらしい。
次に賊は向こうの男の子の猿轡を取った。
「げほっ……」
口から布の玉を抜かれると同時に咽る男の子。彼の呼吸が整うや、
「お前ら! ネル様をどうする気だ!」
男の子が叫んだ。
『おいおい。賊の目的が解らないのに、聞かれもしないのにそんなことを言う馬鹿がどこにある? 身代金ならいい。それ以外が目的だったら今ので詰んでるぞ』
ネルって子が主家って事がバレバレじゃないか。
「そうか。この子がネルって奴か」
人攫いのお頭は口元を吊り上げた。
●宝の鍵
「あー!」
あたしは思わず声を上げた。
「あんた達ぃ! 返しなさいよ」
「ネル姫様。この宝剣の事を話しちゃ貰えませんかい? そうしたら無事にお家に返して差し上げますぜ」
「何って、身分を示す証じゃない」
あたしが答えると賊の親分は聞いた。
「そんなことじゃありませんぜ。こいつが大層なお宝の鍵だと割れているんでさぁ。大人しく吐いちゃあ、貰えませんかね?」
「知らないわよ!」
すると目以外は笑みを浮かべていた親分が、
「おい」
と手下に合図した。
「答えないなら答えさせてみせましょうか」
アゴをしゃくると、手下が棒でデレックを打ち据えた。
「ぐっ!」
左の杭に縛りつけられ、身動きもままならないデレックの額が割れる。
「姫様、言いたくなければ好きなだけ黙ってろ」
怒鳴るでも無く逆に声を潜める親分の低い声に、全身が粟立った。
あたしの目の前で打ち据えられるデレック。顔は腫れ肩に血が滲んで行く。
「待って!」
「ほう? 思い出したのかい? お姫様」
「その剣を抜き放つ者だけが、時の神の宝物庫の扉を開けるのよ。でも、あんた達には無理ね。そんな資格ありそうなのが一人も居ないもん」
確かに乳母からは聞いてはいるよ。そんなの作り話だろうけどね。
「これが? 刃などない飾り物の剣だろう。作り話もほどほどにするんだな」
親分がまたアゴをしゃくると、手下がまたデレックを打ち据え始めた。
どうしよう。このままじゃ、デレックが死んじゃう!





