兄弟の奮闘-02
●戦だと?
「盗賊ばら? 領主は魔物で手一杯か……」
「はい、いいえ。御大将。襲われし馬車は、どう見ても貴族の物です」
「なんと!」
こちらの村も、領主が娘を逃がすとは相当に危険な状況である。もう手遅れかもしれない。人は遁れていても村の被害は大変なものと為るだろう。
「天自り之を祐く、吉にして利ろしから不ること无し。
祝げよ火の天。幸運付与」
呪を唱えると俺の周りは人馬共に淡い桃色の光に包まれた。これは幸運を付与する魔法。力を分散した為に呼び寄せる幸運は微妙な所だ。しかしこれでも詰まらぬ不運を跳ね除けてはくれる。
天運を引き寄せるのは第一に人間の努力だと言われている。しかし、それでもぎりぎりの生死を分けるのが運の良さなのだ。
「急ぐぞ! 俺に付いて来い!」
拍車を掛けて馬を飛ばす。頭を下げて鞍壷の角を握り、細かい事は馬に預ける。
馬の判断に任せ馬に順いて身を任せ、前のめりに伏す。
森が切れる。街道と村を結ぶ道が開けようとした時。命じられた訳でも無いのに馬は駆歩から襲歩に移った。
ここだ! 俺は確りと馬手で石突一杯に槍を構え、弓手に手綱を握り締めると伏した姿勢のまま前方に突き出した。
ドン! 衝撃と共に跳ね飛ばされる人影。賊の喉元に食い込む穂先。
槍の衝撃を指の環を滑らせる事で往なし、半ば遣いとなった槍の撓うその先に首級を干して突き抜けた。
摩擦で熱を持ったガントレットの手の内に、少し焦げたような薬煉の匂い。
俺の意気は一触にしてこの場を制したかのように見えた。
「誰だ!」
誰何するのは、馬に乗った背筋のしゃんと伸びた奴。
「ほう。悪人ばらでも賊の頭ともなれば、今ので怖じぬ肝くらいはあるか」
身体を起こしビュンと見せ槍を振った俺は、輪乗りに回すと呼ばわった。
「ミィゾル・カルディコット見参! 寄子が子女を拐す盗賊ばらには過ぎたるものだが、我が槍先を存分に馳走してくれる」
「名乗るほどの名に非ず。されど閣下自ら馳走されるとはありがたい。
常なれば尊顔を仰ぐことも叶わぬ軽輩だが、戦場に貴賤無し。
一歩も成りては金将なり。願わくば一騎打ちの栄を賜れたし」
互いに見得を切り、駒を進める。
カカッ、カン!
牽制からの刺突を見事に払う賊の頭。
「よもや賊中に恥を知る者が居ろうとはな」
鐙を十字に踏んで、馬手を後ろ手に両手で槍の後ろ三分を握る賊の頭。
膝で馬を操る術といい、起こりを予測させぬ意図的な穂先の小動といい。
これは正規に習っているな。
カッカッ! キキッ!
穂先を抑えれば、内に滑らせて
「一騎駆けする大将ほどではありますまい」
嘘を吐かない槍の腕前が、品性必ずしも卑しからずと俺に告げた。
虚空を摩す槍先が、風を喚ぶその刃が、刹那の命の遣り取りを彩って心が震える。
真槍を交わす俺達の間に、虹の橋が架かったかのような奇妙な感覚に襲われる。
俺達は数合を打ち合って距離を取った。
「見事だ。名は何と言う」
自然と口元が綻ぶ。
馬上で槍を振うのは、容易なことではない。それを熟すと言うだけで、実は名の有るモリビトなのだろう。
手下に手出しさせぬのも、好感が持てる。
「お耳汚しながら。私はロブリー・ワトソンと申します」
聞かぬ名前だ。なぜこれほどの使い手の名が知られていないのか判らない。
「主は居るのか?」
「残念ながら……」
「そうだよな」
これほどの奴が見逃されている筈がない。
「はい。生憎。主にも伯楽にも縁が無いようで」
なに?
「居らんのか! そいつらは郎党か?」
俺は裏返った声で聞いた。
「御座いません。また郎党と言うよりは子分のような者達です」
「な、ならば。主が居らぬのなら、俺に仕えぬか?」
掘り出し物に焦る俺。
「ただ、未だ主持ちになった事は無く、子分共も無頼の徒。閣下にどんな無礼を働くやも知れません」
「許す! うちに限って、礼儀作法は求めん。唯、武勇と才と義理を欠かぬ程度の忠誠は期待する」
どうせ俺の郎党は、元を糺せば無頼の徒。海に一握の塩を撒いても塩気は変わらぬ。
「畏まりました。仕官が叶うとあれば、どうせ褒美も定か無き陣場借りの処士にございます」
「陣場借り?」
ただの賊では無かったが、聞き捨て為らぬ言葉が出た。
「俺の寄子に戦を仕掛けたのはどこの家だ!」
遅くなりました。構成変更は無理っぽそうです。





