兄弟の奮闘-01
●お約束
采を回すと、一斉に足で踏んで大弓を引く我が兵共。
このイチイの大弓は、大人が立って手を伸ばした指先から足の裏までの長さを常寸とする。
魔法の武器でも無い只の丸木弓でありながら、魔物に対抗するために創られた最も頑丈で強い弓で、穂先を取りつけた弭槍として遣り合わせを行っても、弓として狂いが生じない程の蛮用に耐える優れものだ。
しかも射程と威力ではほぼ同等のクロスボゥが、次の矢を番えるまでに十二本の矢を放つ事が出来る。魔法の武器でも無い物では、最も優れた武器の一つだろう。
反面、修練を積んだ武士でなければ狙うどころか弓を引く事すら不可能な武器である。
それが兵の動きが百足が足を動かす如くピタリと揃う。その番える早さは精鋭の名に相応しい。
さっと振り降ろす采の動きに放たれる大弓の矢。その矢叫びは怪鳥の声かとばかり辺りを圧する。
「頼もしい奴」
采を回すと、またも一糸乱れず矢が番えられる。
武人領主を弓の貴族と言い、我らモリビトが剣や槍よりも弓を尊ぶのは、魔物と戦い領民を護る為。
俺は剣を好むが当然弓矢の修練も怠らぬ。例えば今回のワイバーンのような空飛ぶ魔物相手では、届かぬ剣や槍に何の意味もないからだ。
「ぐぁぁぁぁ!」
三連の一斉射撃に、皮膜を破られ片翼を失った小型のワイバーンが墜落した。身体に当たった大半は、硬い鱗に弾かれてしまったが、それでも幾つかは鱗の隙間を射抜いて手傷を負わせているようだ。
「網打てぇ!」
地上で足掻くワイバーンに鋼糸の投網が打たれ、動きを封じて行く。
「バール隊、懸かれぇ~」
後は衆を恃んで滅多打ち。鏃や刃は通さずとも、ワイバーンの鱗は衝撃を防げない。
跳ね飛ばされようが振り回されようが。ものかはとひたすら網で抑え付け、梃子の原理で首を絞め、後頭部を殴り付ける。近距離から大弓で鉛の神頭矢を撃ち掛ける。
何本ものバールがひん曲がり、鋼糸の網が解れかけた頃。漸くワイバーンが討ち取られた。
「カルディコット男爵閣下。魔物の討伐感謝致します」
輜重隊に同行して来た村の代表が跪き、額付かんばかりに頭を下げる。
「感謝無用」
俺は努めて悲痛な顔を作り、威儀を正してジュリアスの館の方を向いた。
「一族郎党を散らせても、この地を護られたサイ・マーク・ジュリアスが英霊に!」
右手で兜のバイザーを跳ね上げて止めた。
「済まぬ。援けが遅かった」
今回の討伐は他領故に直接の義務では無いが、寄子の領を援けるのは寄親の務め。
しかも今一歩で間に合わず、一族郎党玉砕させてしまったのだ。感謝どころか責められても仕方ない立ち位置に居る。
詫びる俺に村の代表は、平伏したままこう言った。
「いいえ。男爵閣下は転戦に告ぐ転戦。ワイバーンを討って下さいました」
「しからば御免!」
頭を下げたまま見送る者達を背に、兵を纏めて移動する。徒歩で戦ってた居た者も、騎乗しての迅速な移動。
なぜならば、他からも援軍要請が来ているからだ。
近道する為、森の中を突っ切る。人の小走り程度の速さしか出せないが、大回りして街道を通るよりも早い。
普段狩人か森林官しか通らぬ獣道を抜けて、別の村への脇道へと抜けようとした時。
「御大将」
先行させていた物見の小者が、報告に戻って来た。
「この先に盗賊ばら。抗う護衛を手に掛けて、幼子を捕らまえております」





