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クリスの疎開-08

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「それで、あれはそいつらの仕業と言う訳ですか?」


 ヤマシタの問いに、


「ああそうじゃ。村に加担する義理など無いが、腐肉漁りに与する謂れも無いのでな」


 燃える空の下で外道が行われている事を、はっきりと(あか)すデュナミス。聞けば雄敵に遇えるのではと陣場借りした軍を、見限って抜けて来たのだと言う。


 デュナミスは不思議そうにヤマシタを見、


「普通、貴公の歳の者はわしを責めたりするもんじゃが。眉一つ動かさんのう。やはり外見は見せ掛けか?」


 などと口にする。しかしヤマシタは、


「まさかぁ。僕は外も内側も、どこにでもいる十歳児ですよ」


 と惚けて見せた。


「ぬかせ。そんな与太を飛ばす奴が、言葉通りであった(ためし)など一つも無いわ」

「じゃあ。僕が一番最初の例ですね」


 そんな二人の遣り取りを見てドミノは、


「ブレ無いっスね」


 と突っ込むのを諦め、ヤマシタと交代に眠りに付いた。


 やがて小鳥の声が、ドミノや女の子達の目を覚ました時。


「と、言う訳で。護衛が一人増えました。ご飯の提供が条件です」

「見張りを置かずに眠れる場所に辿り着くまでじゃがのう。このステゴロのデュナミス、姫君の安全を請け負わせて貰おう」

「え? ええ? 何があったんですか」


 展開に付いて行けないナオミの戸惑いを後目に、デュナミスは当面の仲間となっていた。


「……通り過ぎたっスよ」

「負傷者は居ましたか?」


 ヤマシタの問いにドミノは答えた。


「全員無傷っス」


 こうして、確認しに行ったドミノの帰還を待って来た道を戻り、一行は街道に出る。

 道沿いに一時間程進むと、馬蹄や轍のくっきりとした枝道の先に、今も焼き討ちの名残の煙がゆらゆらと立ち昇って居た。


「先を急ぎましょう」


 ヤマシタはそう言って、砕きレンガの道を示した。


 砕きレンガの街道は、現代日本で言えば高速道路に当たる。村々を避け、橋を架け隧道を穿ち、主要地点を可能な限り直線で結ぶ、舗装された平坦な道路なのだ。


「兄ちゃは? もしもあの村に居たとしたら?」


 クリスは縋るように尋ねる。


「僕が聞いたスジラド殿のお話が全て本当ならば、絶対あの村には居なかったでしょう。もしも逗留していたのならば、雑兵程度なら村人を指揮して撃退しているに違いありません。だから全員無傷なんて訳が無いと思います」

「そうでございますわね。スジラド様なら、雑兵如きの乱暴狼藉を無傷で返す筈などございませぬもの」


 ヤマシタの意見にナオミは絶大な賛意を示した。


「ヤマシタ様」


 三人の女の子の内、最も幼い女の子。モノビトのロロットが口を開く。


「生き残りがいるかも知れません。お助けにならないのですか?」


 するとヤマシタは首を振り、ハッキリとこう言った。


「居たとしても、僕達には彼らを救う余裕がありません。どんな弓の名人も、矢を使い果たす前に勝ちを収めねば敗れ去るのです。それにロロットさん」


 そこで区切ったヤマシタは、眼鏡を右の人差し指と中指で直して諭し始めた。


「あなたも護衛対象に入っているのです。見ず知らずの村人とあなた達じゃ、釣替(つりかえ)に成りませんよ。

 そもそも戦場からクリスさんを逃す旅なのに、クリスさんの危険を増しては本末転倒じゃないですか」


 こうして素通りを主張するヤマシタを、現代人の感覚なら薄情と思うかもしれない。しかし余程の力を持った者でもない限り共倒れとなるのが関の山だ。

 たとえ力があったとしても、領地や職務を背負った貴族には許されない事だし、ギルドは代償無き奉仕を禁止している。人が霞を食って生きる訳ではない以上、勤労奉仕が当たり前となっては力の無い加盟者が食い詰める結果となるからだ。

 まして任務途中の者ならば、任務を優先するのが当たり前である。

 しかしロロットは幼くて、識らず口が尖りを見せた。


「ロロットちゃん。ヤマシタさんの言う通りだよ」

「ロロット。随分と不満に思っているようですが、護られる対象に入って居るあなたに責める資格はありませぬ」


 クリスも貴族の娘。ナオミも同様で、さらに神殿が認定する役人の資格を持って居る。幼いロロットと違うものが見えているのだ。


「それに。早く離れないと面倒なことに成るかも知れないっスよ」


 手を翳し辺りを見渡していたドミノが、皆の背に冷水を浴びせるような事を口にした。


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