クリスの疎開-07
●自分には関わりの無いことっス
「あー嫌だ嫌だ。いきなり乱捕りっスか」
恐らく下のやった事。上の方が関わっているなら、問答無用で乱捕りに入らず、一応は金を払って供出を命じる。只みたいな値段でも、あくまでも購ったと言う体裁を作るのだ。勿論応じるなら略奪の類は行わない。
それがいきなりこれだ。軍の統率は乱れている。陣を抜け出した下っ端が好き勝手やっている。
「多分。数を集めるためにケチったっスね」
戦ならば、そんな軍は恐れるに足りない。少し気の利いた指揮官ならば、利で釣り好餌に食いつかせる事など容易いだろう。
しかし、襲われる住民としては最悪の存在だ。腐っても兵だから野盗風情とは比べ物にならない練度を誇り、装備もなまくらや張りぼてではないし自分の命に関わる物だから手入れも十分にされている。
戦いの訓練をしておらず、人を傷付け殺すことに強い忌避感を持つ農民の敵う相手では無い。
クオンの戦の歴史において。復讐の戦いでは領主の財産でもある領民を殺すような作戦が行われたことも結構ある。しかし領地を蚕食する戦いにおいては、貴族は寧ろ兵の略奪を禁止した。骨を折って領地を奪っても、領民を害しては税を納める者が居なくなるからだ。
だから復讐以外の戦いでは兵の勝手な徴発までは目を瞑っても、建前としては大人しく差し出す物を害することを許してはいない。事が公になれば戦勝の後、新しき領民の心を盗るため無用な人殺し等は処罰される。
しかし最早暗黙の了解となって居るこの事も、戦が終われば報酬を受け取って姿を晦ます者達には有って無きが如きものである。戦いの後傭兵の類は、自領で悪さをされぬうちに追い払うのが常だからだ。
今、あちらの村を襲っているのは、そう言った傭兵やならず者の類なのであろう。
「悪く思わないでおくれっス。
巫女さんの受けたお告げでは、こちらのお二人に万が一の事あらば、もっと大きな人死にが出ると言うっス」
神殿のギルドを通じた依頼には、後の厄災を防ぐためのものが多い。特に巫女が受けたお告げに拠るものは、取り返しの着かぬ事態を招きかねない重大事項。
一時の義侠心が元で大事を誤まる訳には行かないのである。
「たまたま空いてたっスが、自分とヤマシタさんが指名されたのもその為っスかね。
ヤマシタさん、姫様と和子の事以外は結構怜悧っスから。
女ならロリババって奴っスか? ほんとあんな顔で腹黒だし、敵とお馬鹿さんには容赦無いんスよね」
一人ごちるドミノの後ろから、
「何か言いましたか?」
と機嫌良さそうな声がする。
「あはは、何も言ってないっスよ。ヤマシタさん」
ドミノは若干引き気味に笑ってごまかした。
「そうだよね。幼気な十歳児に、腹黒だの容赦が無いの言わないよね」
「ははは。何の事っスかね。それより交代の時間はまだっスよ」
ドミノが笑ってごまかすとヤマシタは、
「どうやらお客さんが来ましたよ」
と、街道への道の方を見た。
●来訪者
「誰っスか?」
のんびりとした緊張感も無い誰何が闇に響いた。
「ステゴロのデュナミス」
二つ名を名乗る声が応じる。三秒ほどの間を置いてデュナミスが問い返した。
「名乗ったぞ。そちらは誰じゃ」
「ルーケイ伯与力・ヤマシタ」
「同じく与力・ドミノっス」
名乗りを返す二人。
「おう!」
ポンと手を打ったデュナミスはお前達がと言う顔をして、
「貴公らがショタジジ子爵とミミック子爵か」
「ショタジジ言うな!」
「ミミックは酷いっス!」
すかさず不快を表明する二人。
立場上貴族位にある二人だが、領地がある訳でも無く法衣貴族の禄も無い。ただ貴族と対等口が叩け、他所の貴族の介入を防ぐ資格があるだけである。
また二つ名があることは誉であり、その名が広まる事は慶ぶべきこと。しかし中には不本意な二つ名も存在する。
二人はあまり言われたくない名で呼ばれた。
一般に権伴は、上無しと呼ばれる身分制度の埒外にある存在である。
当人の実力による格の差や声望の大小はあれども、皇帝陛下以外に主君と呼ぶべき者を持たないのだ。
ギルドの加盟者全てが権伴と言う訳でも無いが、全ての権伴はギルドに強制加盟。ギルドを通して相互の繋がりや立場を持っており、名目上は信仰篤き協力者と言う立場で神殿の影響下にある。
デュナミスの自由奔放を知る者は皆、随分な奴らだと思う事であろう。
「で、デュナミス殿」
「なんじゃ?」
ヤマシタは声穏やかに尋ねる。
「お噂はかねがね伺っておりますが、なにゆえこんな時間にこんな廃れた道を往来なさるのです?」
「はははは」
呵々と笑ったデュナミスは、
「陣場借りして口を糊しておったが、どうにも外道な奴らでな。気に食わんから抜けて参った。
なぁに一宿一飯の恩義は返したゆえ、もう何の義理も無いわ」
流石、恩があれば時には盗賊にまで与すると言われるステゴロのデュナミス。
「自分も人の事は言え無いっスが、デュンミスさんも随分っスね」
ドミノは肩を竦めた。
「それで、あれはそいつらの仕業と言う訳ですか?」
眼鏡を直しつつ、ヤマシタは森の梢の燃える空を示した。





