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クリスの疎開-06

●心の洗濯


 全滅の災いが流行り病の類では無かった為、村の井戸が使える。

 蓋をされてあった井戸は、ゴミなども無く綺麗な清水を湛えていた。それでも念の為に、溜まっていた水を全て汲みだして、新たに湧き出た真清水を使う。


「勿体ないから溜水も利用しましょう。

 クリスさん、ナオミさん。沢山小石を集めて、洗ってそこに積んで貰えませんか?」


 そう言ったヤマシタは、家畜小屋で見つけた大木を繰り抜いた丸木舟のような飼葉桶を洗い浄めると、一杯に水を満たした。


「あ、ああ。湯浴みだね!」


 クリスは嬉しそうに言った。


「お気遣い感謝致します」


 礼を言うナオミにヤマシタは、


「いやぁ。半分以上自分の為なんですよ。湯船に入らないとどうもすっきりしないもので」


 それを聞いたロロットは、


「ヤマシタ様も貴族様なのですか? それとも大商人の御子息なのですか?」


 恐々と聞く。


 沢山燃料を使うので湯浴みは結構贅沢な事。庶民ならば水浴びが普通で、奮発しても密室で焼き石に水を掛けて行う蒸気浴が関の山。蒸して垢を掻き、温まった身体を水で洗うのだ。


「うーん。うちは庶民だと思うけど、お風呂は毎日沸かして入ってましたよ」


 だからこんなことを口にするヤマシタを、庶民だなんて誰も思わない。尤も、権伴(ごんのとも)に任じられていると言う時点で、権力は無くとも身分は貴族と同等であるのだが。


 ともあれ。湯浴みが出来ると聞いてさっきまでの嫌な雰囲気が吹っ飛んでしまった。


●ただならぬ響き


 日の有る内に湯に入り、残り湯で下着を洗濯し、近場の草摘みと狩った小鳥を料理して腹を満たす。


「だめっスよ。子供は夜は寝るのがお仕事っス」


 夜の見張りに立とうとするロロットを窘めるドミノ。


「五歳の身体では、どうしたって。知らない内に寝てしまいますよ」


 と理由を挙げるヤマシタは、


「でも。私……」


 と真剣な顔で訴えるロロットを、少し険の有る口調で、


「あなたが姫様だろうとモノビトだろうと関係ないです。夜の見張りも含めて護衛の仕事なのですから。

 それに、いつ眠ってしまうかも判らないちっちゃい子に、自分の命を預ける気も無いですよ」


 と突き放した。


 見た目クリスと変わりのない男の子の言葉に、ナオミは思わずくすっと笑うが、ヤマシタは眼鏡を直しながらこう言った。


「僕の故郷の賢者の言葉にこう言うのがあります。人は上辺を見る。と」


 どうやら彼は見た目とは違うらしい。


 こうして、護衛の男二人が交代で不寝番を務める中。女性三人はモノビトのロロットも含め馬車の中で床に就いた。


 星の瞳に見守られ、夜鳥の声が虫の音が夜の静寂(しじま)に高く響く。

 やがて夜は更けて、宵の(しるべ)の星の消える頃。

 女の子達は揺れる釣り床の上で夢を結ぶ。

 夜露に濡れる馬車の窓。雲母(きらら)の上に一滴、涙のように流れて落ちる。


 明番のヤマシタはグリフォンの傍で大木を背に座り眠り、

 宵番のドミノは火を消して、布に包んだ温石(おんじゃく)を懐に闇に目を凝らす。火は暖を取り獣を防ぐには都合か良いが、殊更闇を真闇(まやみ)に近付けるのだ。


 目が慣れると、星明かりと言うものは意外と明るい。殊に星を背後に透かして見る影は見やすい。


「獣っスか。近づいては来ないようっスね。……ん?」


 ドミノが何かに気が付いた時。突然鳥たちが羽ばたいた。

 そちらの森の木々の上が明るくなったか


「あの方角は、泊まる予定だった村の方っス。こっちに来て正解っスね」


 飢えた軍など下手な魔獣や魔物よりも始末が悪い。

 目を逸らし道に目を向け再び闇に慣らしていると、


「きゃあ~!」


 だの


「嫌ぁ~!」


 だの。微かにだが、甲高い悲鳴が聞こえ始めた。


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