クリスの疎開-05
●滅びし村
辿り着いた先の村は、森の只中にあった。
「……」
黙り込むクリスに、
「亡んだ村を見るのは初めてですか? 新しい村を開くと言うのはそれだけ難……」
「違うの!」
言い掛けたヤマシタの言葉を遮ったクリスは、
「魔物が襲って来ないのに、どうして」
以前見た魔物に滅ぼされた村と変わりない、ムシロをテントのように張った拝み小屋。
朽ちてはいるが、ムシロに塗った渋のお陰で辛うじて形を保って居る物もあった。
察してヤマシタは話し掛ける。
「ある意味、ここは魔物の害よりも悪いかもしれません。ここを拓かせた貴族が、まともな調査や支援をして居たらなかった為の災いです。
クリスさん。お父上は、クオンの諸侯の内でも上から数えたほうが早い名君なのですよ。凡百の領主は、領民は油と同じで搾れば搾るほど税を取れると考えているものです。流石にここのは論外ですけどね。
如何に縁も所縁も無く集めた貧民だったとしても、駄目元で始めた開拓だったとしても。税を取り立てるべき領民が全滅してしまえば全ては台無しなのです。あの家は嫌なコストカットと損切りをしたものです」
見た目はクリスと変わらない歳に見えるのだが、かなり斜に構えているヤマシタ。
「魔物の害の方が遥かにましです。村人には働く意欲が残っていますから。しかし担税能力を超えた税で荒廃した村は、勤労意欲まで根こそぎ擦り潰せされていて、心は刹那的になって行きます。
いくら働いても増えただけ持って行くような愚かな領主の下では、馬鹿らしくて働けません。皆が博奕に走り、村はならず者の集まりのようになって行きます。国が亡ぶ時なんてそんなものですよ」
まるで見て来たように語るヤマシタ。
「まあまあ。流石にここを拓かせた阿呆に比べれば、大抵の領主は名君ってことになるっスがね」
ドミノがまだ語ろうとするヤマシタの肩を引っ張って止めた。
「ごめんなさい」
と頭を下げたヤマシタに、
「ヤマシタ殿の見立てでは、いつまでここに潜めば宜しいのでございましょう?」
ナオミは新しい話題を振った。
「さっきの軍勢なら、一晩もここで過ごせばやり過ごせるでしょう。陣を抜け出し乱取りに出る兵も、草に埋もれようとする道を辿ってこちらに来ることは先ずありません。あるとすれば脱走兵の類と思われます」
クリスがヤマシタの答えに身を縮めて、
「脱走兵?」
と恐々と尋ねると、
「なるほど。お父上は良き領主なのですね」
にっこり笑ったヤマシタは説明を入れる。
「クオンの常識では、戦いは家の子郎党と常雇いの兵卒イズチを中核とし、家臣の貴族や家臣の郷士ノヅチを動員します。
家臣の貴族の下には同様に家の子郎党やノヅチやイズチが居て、家臣のノヅチの下にもノヅチが雇っているイヅチがいます。時には仕官や感状目当てで陣場借りする者もこれに加わります」
頷くクリス。騎士爵でも領主の大姫である。この位は常識だ。
「問題は金で雇うイヅチです。領が侵略された時など急に大軍を集めたい時に、単なる農民を徴募してイズチに仕立てたり、時には与太者やヤクザ者、盗賊の類まで金で掻き集めたりします。
戦は命が掛かりますからね。無理矢理徴募された者は、隙あらば逃げ出そうとします。
勿論、形勢不利とみれば金で集められた者は軍から離脱しますし、陣場借りの者とて敗勢になれば離脱いたします。しかし普通、行軍途中の脱走兵と言えば徴募された農民が多いですね」
「怖い人達じゃないんだ」
ほっと息を吐くクリス。
「いいえ。問題はその後です。敗走途中ならそんな余裕はありませんが、単なる行軍途中の脱走には追手が掛かります。見逃せば蟻の一穴から堤が破れるように、徴募した者達が離散してしまうからです。
一人を見逃せば、次の一人また一人と櫛の歯を欠くように抜け落ちて、金で集めた者や陣場借りの者まで形勢不利と判断して居なくなりますから。
脱走兵は兎も角、追手と出くわすと厄介なことに成るかも知れません」
言ってヤマシタは、右の人差し指と中指で眼鏡を直した。





