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クリスの疎開-04

●草()す道


 北の領地と神殿の間の村々に、スジラドがいるかも知れない。その思いもあってクリス達は村々を回った。

 時折街道から枝のように伸びる土の道は、村落に至る途。人通りが少ない為か、中央にオオバコの分離帯が生まれ何日も前の轍の跡が残って居る。


「この先は駄目ですね」


 ヤマシタが首を振った。

 道は生い茂る草に、今にも埋もれそうである。


「何年も人が通らないとこうなります。人が住んでいる村ならば、行商人も通りますし年貢を納めに荷車も通ります。だから道全体に草と言うのは有り得ません」

「ここも魔物にやられたの?」

「若しくは流行り病か、条件が悪すぎて開拓を諦めたっスか。あ、と、グレスフォーカスと読めるっスね」


 ドミノが朽ちかけた道標の文字を拾う。


「確か、神殿騎士団の牧場があった所ですね。あ、そうか!」


 ヤマシタがポンと手を打った。


「ああ。あれっスかぁ? 現場を見ないで書類だけで話進めるから、あんなことになるっスよ」


 苦笑いするドミノ。


「あ、なるほど。そうなんですね。思い出しましたわ」


 ナオミも思い当たる。


 三人の反応に


「ねー。いったいどうしたの?」


 良く判らないクリスが、じれったそうに皆に聞いた。


「この辺りに、さる男爵家が神殿より払い下げて貰った牧場が有りましたのよ。

 その家の三男の為に、土地を抽選で割り振り、三年の内に畑に為らねば没収すると、帝都の貧民街から入植者を募った事が御座いましたの。

 しかし開拓は困難を極め、半数が土地を没収され、残りも酷く難渋しているとか」

「ええ。そうです。一口に牧場って言うけれど、馬が飼えれば牧場なんですよね」


 ヤマシタは遠い目をした。


「しっ。蹄の音っス」


 ドミノは下馬して、レンガを敷いた街道に耳を付けた。


「ざっと、百は下らないッス。軍勢っスよこりゃ」


 ドミノのアイコンタクトを受け、


「ナオミさん。廃村に抜けてやり過ごしましょう。ロバが草を食んだら気付かれます。

 ロロットちゃん。ロバに(ばい)をかませて」


 ヤマシタが提案した。


 牧場と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、平野にしろ丘陵にしろ山岳地帯にしろ、牧草を生やした開けたなだらかな土地である。地味や水利の豊かさ貧しさは兎も角も、鍬を入れれば直ぐに畑になるような土地を思い浮かべる。

 しかし軍馬は、飼葉と水さえ充分に用意出来さえすれば、急斜面や森林地帯でさえも飼えるものなのだ。いや、戦いに用いることを思えば、崖を上り下りし森林地帯を踏破できるよう調練がされている方が望ましい。

 騎士団の抱える牧場は、万古斧を知らぬ原始林の中にあった。


 このため、樹を刈り倒しても地中深く巨木の根が張って居る。その根を尽く引き抜かない事には、鍬を入れる事が可能な大地には成らないのだ。これを全て魔法の力も借りれぬ人力だけでやらせた男爵家。


「無税の三年が経っても、収穫どころか畑にすらなって居ない。それで半数が土地を奪われ去ったそうです」

「しかも苦労して根を引っこ抜いた後の土地も、たかで二十センチも掘れば砂の層にぶつかり、碌な作物が実らぬ土地だったとか。膨らむ借金にモノビトに身を落とした村人も多かった由にございます」

「加えて当初計画の見込みで課される年貢っス」


 ヤマシタ・ナオミ・ドミノの三人は、顔を見合わせて大きな溜息を吐いた。


 今日、魔物の害無き開拓地。と言う甘言に惑わされて入植した者の運命は、無情だった。

 やっと地均しが済むか済まぬかで割り当て地を没収されてた者。半数に及ぶ彼らはまだ幸せだった。

 耕しても耕しても実らぬ作物に借金を重ね、子を売り自身もモノビトに堕ちた者。いや、それでもまだましな方。自由を失うとも彼らは死を免れた。

 最も悲惨だったのは最後まで残った者達だった。領主が当初の計画通りに年貢を取り立てたため、ぎりぎりの生活が忽ち破綻。逃散出来た者は数えるばかり、後は飢餓と弱り切った身体に襲い掛かった冬の寒さが仕上げをした。

 普通なら絶対に凍死などする筈の無い寒さで全滅したのだ。


 今、眼下に見える土の道に草生す屍。ボロボロの服を着た野ざらしの白骨は、最後まで残った村人の成れの果てだ。

 全ては三男を分家させるため。男爵家が現地を知らずに立てた開拓計画の為だった。


「噂には聞いていましたが、ここがそうなのですね」


 ナオミはロバの牽く馬車を降りると、手を組み跪いて黙祷した。


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