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クリスの疎開-03

●同行者


 お兄様にも、わたしは能吏タイプだと言われた。女にしては情に薄く怜悧すぎるとも陰口を叩かれたこともある。

 しかし、弓の貴族の端に連なる者である限り、時には兵や郎党に向かって『死んで来なさい』と命じねば為らぬこともある。と言い聞かせられながら、わたしは生い立ちました。

 戦場ならば納得されやすい事です。問題は、主計を司る者は平時に見える時においても、それを為さねばならぬことでしょう。


「ロロット。今の内に言い渡しておきます」


 クリスちゃんがお花摘みに馬車を離れた隙に、わたしはクリスちゃんの小間使いとして連れて来たモノビトの娘に引導を渡して置く。


「この先何が起こるか判りません。事と次第によってはあなたを売り飛ばします。それは不測の事態に於いて急な金が必要となった時、若しくはあなたを連れて行くのが障害となった時です。

 あなたは六つにして貴族の小間使いが出来る教育を受けています。礼儀作法も、読み書きも計算も、村の下吏が務まる程度には身に付けています。

 身もふたもない話をすれば、あなたを売れば結構な値となるでしょう。しかしそんな高い教育のあるモノビトならば、どこへ行っても大切にされます。あなたにとっても幸いなことでありましょう。

 それでも敢えて、わたし達と共に在りたいのならば、クリスちゃんの身代わりや巻き添えで、討手の刃に掛かって果てる覚悟を決めて下さいませ。

 まだ六つのあなたには難しい話だけれども。どちらを選ぶかは任せましょう」


 どちらを選ぶにしても、碌な話ではありませんね。


 間も無く宇佐の地を抜けると言う時。前方に二騎、街道の端に駒を寄せて待って居ました。

 一騎は羽飾りを付けた軽装鎧。眼鏡を掛け、グリフォンに乗った子供のような姿。

 一騎は皮鎧に前方だけカバーした胸甲。左腕にバシネットを抱え小振りの眼鏡を掛け、腰まで届く長い髪をポニーテイルに後ろに縛った騎士。こちらは軍馬に乗っています。


「お待ちしていました。ルーケイ伯が与力の一人、ヒロシ・ヤマシタです」


 甲高い声。体格と言い顔と言い、声変り前の男の子にしか見えません。


「お初にお目にかかるっス。同じくルーケイ伯が与力、ドミノと言うっス」


 こちらもやはり甲高く性別不祥。物言いからは、こいつが腕利きの権伴(ごんのとも)と信じる者はあまりいないでしょうね。


「なにゆえこの人選となったのでしょう」


 思わず口に出してしまいましたが、お二人は別に機嫌を損ねた様子も無く、


「「女三人旅の護衛ですので」」


 と返されました。


 顔を見合わせたお二人は、互いに譲り合って居ましたが、結局ヤマシタ殿が口を開いて仰いました。


「ご要望に沿うのでしたら伯が参るのが一番です。しかし、ご事情を鑑みれば来ては大事に成り兼ねません。

 僕達なら何れかの領軍と揉めても何とでもなりますが、伯ですと個人の問題では済まず、ルーケイとその諸侯と全面戦争に成り兼ねません。

 ご存知の通りルーケイはヤミマチ共が蟠踞(ばんきょ)していた土地ですから、未だ征伐が続いています」

「そこで自分達が派遣されて来たっスよ」


 ルーケイ伯とその一党は、主筋の姫とその子供を護って大陸から流れて来た連中です。

 ユニコーンの紋章で知られるルーケイ伯は、二つ名を『ザ・チャンピオン』と言い、義に篤い人物と聞き及びます。

 わたしは右のこめかみに指を当て、記憶の糸を辿りました。


「あ! 博士(はかせ)(ぜに)ゲバ……。す、済みません」

「あはは。いいっスよ。自分がお金に煩い事は有名っスから」


 大陸の国の姫付きの文官で、大陸の有職故事に詳しく博士と呼ばれるヤマシタ殿。

 金銭感覚の発達し過ぎた財務屋で、みみっちいと言われるまでお金に対して真摯なドミノ殿。

 どちらもルーケイ伯与力の名物人物です。


「心配しなくてもいいっス。すでにアレナガ卿より、前払いで契約の範囲は頂いているっスよ。

 ただ、特別な追加があれば、遠慮なく頂くっスね。最悪、そのモノビトの女の子を頂くっス。それでも足りなかったらナオミ様クリス様の髪と下着で手を打っスよ」


 流石銭ゲバ。文字通り身包み剥いでも取り立てる気満々のようです。


「ドミノさん……」


 ヤマシタ殿が呆れていますが、止める気は無いようです。


「まあその代わりですが、僕達中途半端な所で抜けませんから」


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