誘拐-07
本日は0時6時18時21時の4回更新です。
●カルディコットの兄弟達
エッカートの館。突然姿を消したネル達の事は未だ手懸りも掴めず数日が経った。
失踪の翌々日に奈々島の街に入った事は突き止めたが、そこから足取りが消えている。
「それでわざわざ俺達まで呼んだのか?」
「言うな。親父にとって唯一の娘。カルディコット男爵家にとっても代わりの利かぬ駒だ。そもそもフィン、お前にとっては同腹の妹だろう」
「と言われてもね。赤ん坊の時から別々の家で育って来たからなぁ。兄貴も乳兄弟達の方が親しいだろうに」
兄弟とは言え腹違い。しかも兄のアイザックが庶子で弟のフィンが嫡子。家督を巡る争いはとっくの昔に始まっている。
勿論筋目としては圧倒的にフィンが有利であるが、弓の貴族は武で立つ貴族。当主に武術や指揮統率の器量が問われる。戦に弱い当主では、お家が保てないからだ。
だから父が継嗣と定めても、家臣たちから器量無しと切り捨てられれば廃嫡もあり得るし、劣る者が家督を手にしても有能な兄弟の傀儡にされるなど良くある話なのである。
一書に曰く『親が子供を仲違いさせるのは簡単である。何かと競争させて優劣で天地ほどに扱いを変えてやるだけで良いのだ』とある。しかし、お家存続の為に兄弟を競わせねばならぬのが、武に拠って立つ弓の貴族の定めなのだ。
まして貴族は不測の事態での族滅を避ける為、幼子を手元で育てない。結果、方々に分かたれて育った実の兄弟より、乳母の里の乳兄弟達の方が親しくなるのは道理と言える。
現代日本の感覚に当て嵌めるなら、乳兄弟こそが兄弟で、実の兄弟は遠くに住む従兄弟達に近い。それが長じた後に一つしかないポストを競うのだから、トラブルが珍しくないのも当たり前。家長は主で家人は家来。トラブルを避けるためには別家を立てさせるしかないのだ。
リスクが高く苦労が予想されるとは言え、母の実家の力で父と同格の男爵位に手が届く庶兄アイザックは、かなり恵まれている身の上である。
だが、最近少しばかり雲行きが怪しくなった。それは……。
ネルの求婚者達を見遣りカルディコット家の兄弟達は憂う。
「言いたくはないが。ミハラ伯の三男なんてネルより十も年上の庶子の娘が居るんだぞ」
「打算もあそこまで行くとなぁ。まだ愛があるだけキモイがブルトンの方がマシですか」
「おいフィン。俺は嫌だぞ、あいつに義兄上と呼ばれるのは」
アイザックは露骨に嫌な顔をした。
「それにしても、伯父上の恋愛結婚がここまで尾を引くとはね」
兄の不興を察したフィンは慌てて話題を変える。
「反対する親族を押し切る為に、十六年も粘ったせいで子宝に恵まれぬ始末。先に子でも作っておけばよかったものを」
「それは結果論だよ兄貴。愛する伯母上の子を庶子にしたくなかったからさ」
「それで五年経っても子が生まれないから側室を、何て話になった矢先に……。まあ、論うのはここまでとしよう。それで親父が本家伯爵家相続の流れと為ったんだからな」
カルディコット一門は、ここに来て一つ前の世代の継承問題が絡んで来たのだ。
「そうだね。おかげさまで、順当に行けば僕は父上の次の伯爵様。兄貴だって空いた分家の家督を相続して男爵様だもの」
めでたい事だとフィンは言う。
「ああ。どうにも世知辛い話だがな」
アイザックはぼそりと口にした。
「……フィン。そう言えば親父の横に居た奴は誰だっけ」
思い出したようにアイザックは訊ねた。
「嫌だなぁ兄貴。滅多に顔を合わせないからと言って忘れるなよ。ほら、兄貴と同腹のチャックだろ? あいつは庶子で三男だから、とっくに家督諦めてハガネモリビトの仲間に加わっていたはずだ」
「思い出した。成功した者は下手な刀筆の貴族よりも中央に顔が利き、下手な弓の貴族よりも私兵を蓄えているからな」
ハガネモリビトとは都と刀筆の貴族の荘園との運送を仕切る者。財力に任せて堅甲を纏い、魔物盗賊ものかはと隊商を汲んで全国各地を行き来する武装商人のことだ。強い武力を持たない刀筆の貴族と結びつき、武を代行することで侮れない力を持っている。
一番上でも子爵に準じる権子爵と、身分は低いが絶対に侮ってはいけない存在だ。
「兄貴も薄情だなぁ」
「抜かせ! 家督に近いお前と違い、俺は自分の事で精一杯だ。そもそもお前以上に顔を合わせる機会がない」
こんな口を互いに利けるほど、二人の仲は悪くは無い。今の所は。





