ミワ村の再会-06
●思いがけぬ合流
サーバから麦湯を注ぐ女の子。
「あんた誰? 只のモノビトとも思えないけど」
右前に一歩引いた後ろの足に、腰を落として重心を七分掛け。ネルは心の臓を庇うが如く身構える。
「お嬢様。どうか致しましたか?」
「それよそれ。その言葉遣い。あんたいくつなのよ」
「間も無く五歳に成ります」
普通五歳児の村娘と言えば、真面な挨拶も覚束ない者が多い。比して幼いのに礼を失しない立ち振る舞いは、ちゃんと教育を受けた者のそれであった。
氏より育ちと言うけれど、神殿を除き制度化された教育機関の無いこの世界では、氏こそ育ちである。
この年齢で、ネルの怒気をものかはと落ち付いたこの受け答え。
つまり思い当たるのは、
「あんた、元はどこの姫? それとも側近候補? 到底、村長風情の家のモノビトとは思えないんだけど」
きっと睨み付ける眼差しは、魔物をも怯ませる覇気の発現。
真面に浴びて平然として居られる段階で、この娘が只物では無いとある意味箱入り娘なシアにも判った。
礼儀作法なら神殿のモノビトでも身に付くが、自分に向けられたのでもないのにこれほどぞわっと感じるような殺気を浴びせられて、こんな幼い女の子が只で済む筈がない。
にも関わらず、柳のように受け流せるのは相応の鍛錬あっての事。
詰め寄るネルにモノビトの女の子は、
「お嬢様。私は新宇佐村の北の領地の者です。ウサの大姫様のお供で参りました」
と静かに答えた。
目をぱちくりしたネルは、
「ウサの大姫って……クリスちゃん?」
「はい。左様でございます」
女の子は恭しく、貴人に向ける礼をした。
モノビトの女の子の主筋であるクリスは、やっとつばなれしたばかり。とかく武辺が幅を利かすカルディコット一門に於いて、余人に代えがたき有能な行政官サイ・アレナガ・ウサの大姫である。
サイ・アレナガ・ウサと言えば、一人娘に対する親馬鹿ぶりと盲目的な溺愛はつとに有名。謙遜の欠片も無く褒めちぎる自慢の娘は、些か度を過ぎたると世間の噂。
アレナガ卿曰く、
――――
・ウサ流築城術免許皆伝。
・今直ぐ千人の兵站を任せられる。
・三ヶ村の出納を管理できる。
――――
これを七歳のみぎりから真顔で公言していたのだから、親馬鹿の度合いも知れよう。
モノビトの女の子が退室して小一時間。ノックの後にドアが開いた。
「ネルお姉ちゃん。無事逃げられたんだね」
「お久しぶり。大きくなったわね、クリスちゃん」
互いに親しみを感じる者同士で交わされる砕けた言葉。
「兄ちゃに逢いたくて北の領地から、辺りの村々全部回って来たんだよ。来る途中、戦があってね。焼け野原になった村や、人が一杯死んでる村もあったけど、なんとかここまで来たんだよ。
ネルお姉ちゃん。兄ちゃは? 一緒なんでしょ?」
クリスは必死さ溢れる瞳でネルを見つめた。
ネルは、クリスの瞳に映る自分の顔がくしゃくしゃになって行く過程を見た。
歪んで滲むクリスの顔。辺りがすーっと明度を落とす。
「ネルお姉さん。兄ちゃは?」
揺さぶられ視界が開ける。だが、それは肯定し難い事実を突き付ける。
クリスは北の領地から、方々を回って神殿に向かって来た。つまりこの先にスジラドは居ない。
ダメダメになって居るネルに代わり、シアがこれまでのあらましを伝える。
「そう。兄ちゃはまだ、行方不明なんだね」
抑揚の無い声でクリスは、一先ず現状を受け入れた。
「クリスちゃん……」
取り乱しているネルと対蹠的に冷静なクリス。
「行方不明って言う事はまだ、死んだと決まった訳じゃないよ」
「強いのね」
とネルがこぼすと、クリスは声を広げてこう言った。
「兄ちゃは強いんだよ。禍津神に勝ったんだよ。だから……。
そう簡単に、兄ちゃが死んじゃう筈無いよ」
三十数える程の沈黙が、ネルの俯く瞳を空に向ける。
「あのね。クリスね。神様は信じなくても兄ちゃを信じてる。だからこうしてここまで来たの。兄ちゃと一緒に戦うために」
その確信的な物言いに、ネルは聞いた。
「いったい、そっちは何があったのよ?」





