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ミワ村の再会-04

●流民の群れ


 最初の村を出て、一行は街道を進む。

 目的地は北の領地だが、本当の目的はこちらに向かって居るはずのスジラドと思しき人物と合流する事。

 北の領地に向けて、ブドウの房のように街道より枝分かれする村々を巡り、虱潰しに進んで行けば、どこかで出くわす筈と言う目論見だ。


「止まれ! 我らは神殿の慰問団だ。多少の薬はあるが、そなた等を満たす食い物は無い」


 その声にネルは馬車の窓から身を乗り出した。


 前方から亡者のようにゆらゆらと、よろけながら遣って来る人々。

 蟻のように連なり街道を埋め。ある者は荷馬車に家財を詰み、またある者は肩に担えるだけの財産を携え。

 そしてこのように恵まれた少数を除く大多数の者は、着の身着のままの身一つで遣って来る。


 槍を構えて呼ばわる護衛に、人々の歩みが停止する。

 切り裂く様な緊張の中、どよめく人の群れの中から壮年の男が一人進み出た。干し草を扱うフォークを携えていたが、護衛まで十数歩の位置まで近づくと自らそれを手放した。


「お救い下さい。私達は無道の(いくさ)を逃れて来た者です。

 余裕がないとおっしゃるのでしたら、少しばかりの食べ物で結構です。子供を買って下さい。

 このまま当てのない逃れの旅に連れて行けば、早晩命を落とす者達です。

 しかし神殿のモノビトともなれば、生きながらえる事が出来るでしょう」


 男が合図すると子供を連れた女達が進み出た。

 服さえまともに着ていない子供達。一目見るだけで、命からがら逃げてきたことが解る。

 赤子は襁褓(むつき)も無く、剥き出しの尻を晒して母の腕に抱かれており。七歳以下の小さな子供には、男女を問わず隠し所を覆う布さえ纏わぬ者が多かった。


 改めて代表の男の身体を見ると、裂けた服に血の乾いた痕。ここまでの旅路も相当困難を極めたことが見て取れる。


「シア司祭長。如何します?」


 油断なく流民の群れに目を向けて、槍を構えたままの護衛が聞いた。

 シアの手が相手からは見えない位置ですっと動く。


「売りたい子全部は無理ですが。三歳以上の子供でしたら、匁といくばくかの食料で(あがな)いましょう。一人でも多く、命を繋ぐそのために」


 答えたのはシアではない。サインを読み取った配下の神官だ。


「但し旅の途中です。条件を満たしても、乳離れしていないものは引き取れません」


 食糧事情の悪い所では、五歳に成るまで授乳すると言う例もある。そこは不人情でも譲れない。

 そもそも乳の手当ても出来ないのに、乳飲み子を連れての旅は続けられない。


 母親ごと買い取る? 確かに食い詰めた貧民が身売りして、母子セットでモノビトとなる事も珍しくも無いが、今回は無理だ。

 一言に流民と言うが、逃げ出した村はどこかの領主の食邑(しょくゆう)や荘園である。領主はそこから取り立てる税で暮らしているから、勝手に出て行かれると甚だ拙いのである。

 加えて困ったことに、今から神殿の慰問団が向かう方向こそ彼らが逃げて来た方向なのだ。つまり途中で元居た村の近くを通る可能性は大きい。

 まだ労働力として勘定できない子供ならば問題とならなくとも、母親は立派な働き手。返せのなんのと揉める事が目に見えている。


 結局のところ、買い取った子供は男の子二人に女の子十二人。何れも突然村を襲った軍勢によって、幼くして親を失った者だった。

 代価は仔豚よりも廉い。幼さな過ぎて労働力として期待できず、使い物になるまでに食料を始めとする沢山の費用が掛かる上、食うや食わずで体力も無く、多くは皮膚病を患っていたからだ。

 圧倒的に男の子が少ないのは、将来の労働力を期待しての事だろう。


 一刻も早く遁れたい者達を通す為、慰問団は馬車を街道の脇に出した。

 時間と共に自重で車輪がめり込んで行く馬車。それでもなお、街道の混雑は続く。

 いつもならば二台の馬車が悠々とすれ違える道幅は、口の悪い者からは不急不要の無駄な普請とまで言われる過剰な物だった。しかし今、遁れる人々の群れに埋められている。


「ねぇシア。一応、村々の慰問と言う名目だけど。この先、医療奉仕をするような村って残ってるわよね」


 ネルは夥しい流民の群れに、聞かずには居られなかった。


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