ミワ村の再会-03
●戦の足音
神殿領を出て最初の村。カルディコット一門の端に連なる子爵家が治める村の一つだ。
ここらは殆ど魔物の出ない地域だけれど、村を堀と掻き上げ土塁が囲っている。
目立って見える中央の二階建ては礼拝所。周囲に倉が三つ建っていた。
見渡せば殆どの民家は、丸い土壁で囲まれた草葺き屋根のとんがり帽子。石造りやレンガ造りは礼拝堂と蔵だけで、木造の家も平屋をニ、三数えるばかり。
村は貧しくも無く豊かでも無い、どこにでもあるような普通の村だった。
「お待ちしていました神官様」
先触れを出して居たから、精悍そうな若者数人を従えた村長が、村の入口まで出迎えている。
「病人怪我人の類は?」
と、シアが問うと村長は、
「床にある病人が二人。幸い病人も流行り病ではなく、お手を煩わすような怪我人もおりません。
病人はどちらへ運びますか?」
恭しく頭を垂れて報告する。
「動かすなんてとんでもない。今から私達が参ります」
「勿体ない事です」
「村長。案内を頼みます」
敬語のやり取りで立場の上下が丸解り。
村長・町長と言えば世襲の代官職。領主直属の取税人でもあり警察署長でもあり、十両以下の罰金刑や十に足りない鞭打ち刑までの判決を下せる裁判官でもあり。学校の有る所では校長でもあり、村の倉を管理する倉庫番でもあり。位階も準騎士爵から男爵相当と決して低い身分ではない。
しかしそれよりも神殿の司祭長の方が上なのだ。
まあ今回の場合、殆ど金を取らない巡回医療なのだ。位階を別にしても歓迎されるのは自明の理。
ネルはその護衛の一人として、弓矢を負いシアと共に歩く。
村は老人と幼い子供がやけに目立つ。
「栄養不良ですね。食事は足りていますか? 最近天気が悪いですから」
シアは問診しながら村の様子を聞く。
そんな往診をして回る内に、ぽつりぽつりと村の事情が見えて来た。
「え? 検地もしてないのに税が?」
シアは首を傾げる。
「へぇ。二公一民になりました」
二公一民とは、収穫の三分の二を税として徴収する事を言う。普通は収量の高いオリザにのみ、しかも並以上の作柄で戦時体制でなければ適用されない高税率だ。
一般にはオリザでも四公六民が妥当とされる。収量の少ない小麦に至っては一公二民が標準であった。逆では種籾以外すべて徴収するに等しい。
さらに、
「村の壮丁が、領主様に召されて帰って来ないですって?」
ネルの声が裏返った。
「へぇ。十やそこらかから働き盛りの男手を根こそぎ取られました。もう村にはわしらのような年寄りや女子供ばかりで」
「助かりました。年貢をなんとかする為、老体に鞭打たにゃと思ったら腰を」
どう見ても戦の準備としか思えない。では一体どこと戦を。
ネルもシアも悪い予感しかしなかった。
そして極めつけが、
「シア様、ネル殿、お耳を……」
見る見る蒼褪めて行くシアの顔色。無意識に弓を執るネル。
たった今馬で駆け戻った先触れが、夥しい流民の群れを目にしたと言う。
「拙いわね。戦に巻き込まれるかも知れないわよ。矢は足りるかしら」
ネルはブルっと胴震い。
「既に村々に慰問の話は伝えています。いえ、村々が戦場となるかも知れない今こそ、私たちが必要です。そして何よりも、神殿は信義を守らねばなりません」
どちらも、今更辞める気はなかった。





