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ミワ村の再会-02

●慰問の旅


 十台の馬車を連ねた大掛かりな慰問団。

 不定期に神殿が伝道の為に行う恒例行事の一つだ。衛生指導や医療行為の奉仕の旅でもあり、巫女や神職の素質のある子供を見つける手段でもある。

 規模の割に護衛が少ないのは、(ひとえ)に諸侯を刺激しないためだ。その代わり魔物対策の兵は、経路の領主が請け負う事に為っていた。


 ガラガラと回る馬車の車輪。


「普通はこんなものだったわね」


 ネルはお尻を軽く持ち上げる。乗馬なら膝で調整してお尻の痛みを避ける事が可能だが、神殿が使う高級な馬車でもサスペンションはさほどでもない。


 クオンの主な街道は砕きレンガで舗装されているから、雨が降っても泥濘に車輪が取られる事は無い。しかし砂利のような物が敷かれているだけだから、本来は馬車を走らせるとガタガタ激しく振動する。


「贅沢に成れると、この馬車でもちょっと厳しいわね」


 とネルはこぼす。

 結構上等な部類に入る神殿馬車でも、ネルは振動軽減に赤点スレスレの及第点。スジラドの馬車がリムジンバスなら、これは精々2トントラックの荷台だろう。


「そんなにおっしゃるなら、スジラド殿の創った馬車をお使いになれば宜しかったのに」

「そう言う訳にも行かないわよ」


 スジラドが魔改造した雲の絨毯に載っているかのようなあの馬車は、今回は神殿に置いて来た。ネルが目立つことを避けたためだ。


 そのあまり乗り心地の宜しくない馬車の中で、向かい合わせの座席の真ん中に配置したテーブルを使い、ネルはステップラーの針のような形をした、銀の針金の数を数え、シアはチンキの調合をやっていた。

 今は緑色の樹脂のような物を薬研で粉にしてアルコールに溶かしている。


「シアさんそれは?」

「蜂蜜を採る為に飼うニッキ蜂の巣箱の出入口に溜まるヤニです。綺麗に洗った傷口に吹き付けると、傷を膿ませないのですよ。流行り病の時に白湯に溶かして服すれば、幾分かは病を防ぐ効果もあります」


 シアは透明度の高いガラスの試験管を陽に透かしながら説明する。

 濃いめ作って色合いを確かめながら丁度良い濃さに薄めるのだ。


「ニッキ蜂の巣箱ヤニは、万病に効くと言われています。


 因みにヤニを他の生薬と一緒に、液状になるまで温めた馬油に溶かし込めば、神殿秘伝の軟膏になりますよ。

 外用専門ですが、一度塗れば二日は塗り直さなくとも効果が続きますよ。

 っと。これ位あれば充分かな?」

 シアは薬瓶に出来立てのチンキを移して行く。


 油紙に包んだ包帯と三角巾。消毒液に下剤・解熱剤・鎮静剤。虫下しの薬に滋養強壮薬。

 個数を数え帳面と照らす者。医療メスに砥ぎを掛ける者。携帯コンロで針金や針や絹糸を小型のコンロで煮沸する者

 御者と外を騎馬で行く警護の者を除いた余の者は、良く使う薬や器具を整理して慰問の奉仕活動準備に余念がない。


 それから一時間。


「シア司祭長! 村が見えて参りました」


 皮鎧を着けた警護の隊長が、馬車と並走して伝えて来た。


 今回の警護を務めるのは神殿騎士ではない。神殿の下部組織、冒険者ギルドの者だ。

 冒険者ギルドとは、武勇や身分はあっても所領や禄を持たない権伴(ごんのとも)を中核として組織された。

 因みにギルドは、神殿の意向を受けて誰にでも門戸を開いている。だから中には流民や孤児、足を洗った盗賊なども加わっていたりする。

 今回の護衛には権伴は含まれていないが、武芸達者で身元の確りとした地方郷士(ノヅチ)の三男坊以下の者だ。


 バカッ。取っ手をスライドさせて窓を開ける。雲母の板の向こうには、堀と掻き上げ土塁の上に設けられた丸木の柵が見える。

 慰問の最初の村が近づいていた。


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