ミワ村の再会-01
●ネルさん行きましょう
スジラド行方不明以来、部屋に閉じこもりっきりのネル。泣き悲しんで床に就き、碌に水さえ口にしなくなった。
それが二日経ち三日経ち、日々並べて九夜十日に至った時。
シア司祭長は決心した。
「ネル殿。ひょっとしたらスジラド殿は、追手から逃れるために姿を隠しているだけかも知れません」
そう切り出してネルの注意を引き込んだ。
「姿、隠しているだけ?」
「ええ。行方不明になる前、尋常でない戦いがあったのは聞いていますね。
直近まで傍に居て、戦いの跡を目撃したリアさんの話では、生きていたとしても無傷である筈の無い有様だったとか」
ネルは口元に僅かな笑みを取り戻し、
「だよねー。人攫いの時も、禍津神の時も、スジラドったらボロボロになってたもん。
そうか、そうよね。きっと大怪我して動けないんだわ」
反芻するかのように繰り返す内に、ぼんやりとした目は線香に息を吹きかけた様に光を増して行く。
今だと見切ったシアは、
「間も無く、神官が村々を回る慰問の旅が始まります。
怪我人が居れば手当てを施し、病人が居れば薬を処方し。年寄りの話相手となって、その体験と知恵を掻き集め。幼子の初学びの手習いを看てやりながら、神々の御言葉を説いて回るのです。
この度、私が司祭以下の神官を率いて回ります」
こう前置きした後、声を潜めネルの耳の近くで呟くように語り掛けた。
「と、言うのは表向きの話です。
実は、どこかで身を隠して傷を癒している最中であろう、スジラドさんを探しに行くのです。
ネルさん。一緒に行きましょう」
敢えて普段の殿付けでは無くさん付で呼ぶ、内々の話。
「ええ、行くわ。あたしも行くに決まってるじゃない。何が有っても行かずにおかないもんですか」
途端に気力が漲って、毛布を跳ね除けベッドから飛び降りようとしたのだが。
「駄目ですよ。先ずは少しずつ飲み食いして、体力を戻しませんと」
忽ちよろけてシアの腕に支えられた。
「そうね。心配掛けたスジラドを、蹴飛ばしてやらなくちゃ!」
「待って下さい」
「なによぉ!」
と、近頃ない大声を張り上げたと時。
カタリとドアが開かれた。
「そうしたいのは、私も若様も同じです。ネル殿だけで、スジラド殿をベッドに拘束するのは止めて下さいませ」
片目を瞑って口にするシア。
「な、なっなっ。……ネル様ぁ! 嫁入り前の良家がはしたねぇ!」
クリティカルな所から耳にしたデレックが、真っ赤な顔をしてあっちの世界に逝ってしまった。
横に立つシアの後ろ盾ハリー・ヤガミとは対蹠的に、完全に逆上せて混乱している。
「寄りにもよって、あいつとベッドイン……。う、うらやま……」
ポーン! 眉を吊り上げたネルの放った枕が、デレックの顔面にぶち当たった。
「デレックあんた、何勘違いしてるのよ。そんなに羨ましいんなら、今直ぐあんたとスジラドに会った時の予行演習してあげるわよ」
今度は全身シャンとしてベッドから降り立ったネルが、銀の燭台を掴んで野球の左バッターのように構えていた。そう、薩摩示現流のトンボの構えである。
「うん。いつものネル殿だ。
元が良いから、やつれて果てて眉を顰める姿さえも。
嗚呼これがカルディコットの大姫か。と胸を搏って動悸かせるほど美しかった。
けれども、やはり卿は元気が過ぎる位が一番輝いて見える」
照れて暴言を吐くお子様のデレックとは異なり、嫌味なく誉めて仕舞えるハリー。
ネルもシアさえも、思わず恥じらいを見せてしまった。
「それで若様、今日はなぜ」
もじもじとシアが尋ねると、ハリーは静かにこう言った。
「実は、北の大地の近くでスジラド殿と似た人物が目撃されたようなのだ」
顔を見合わせるネルとシア。
「ねぇ。慰問のコース、北の大地に向けて取れない?」
期待を込めてネルが言うと、
「どこへ行き、どのように回るかは、今回の慰問団長たる私の専権事項です」
二人の北の大地行きがこの瞬間決定した。





