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消えたスジラド-04

●遺品の行方

 隠れる場所も無い開けた荒野(あらの)。朝の光が山の端を越えて、きらきらと露を輝かせる。

 膝を着く二十を数える皮鎧の男達。

 先頭の一人が捧げ持つ、鞘に収まった一振りの剣。


「ふ。神殿の動きが怪しいと聞いて襲撃させてみれば、こんなものが手に入るとはな」

 男達の前に立つキュライスの男は呟いた。


「これが」

 風邪を引いたようにかすれるガラガラの声。突然音を失ったかのように静寂が辺りを満たした。

 それから(とお)ばかり数える程の間をおいて、男の呼吸が沈黙(しじま)を破り、凍った時が動き出す。


「これが、神匠光羽(コウハ)が鍛えし群刀闇薙(ぐんとうやみな)ぎ」

 光羽とは、今は鍛冶の神として祀られている、イズヤの神とても遠慮をなされた名匠だ。


 伝承によると、イズヤの神の依頼で光羽が八種(やくさ)の偉力を合わせて鍛え上げた宝剣で、抜いたものが王法の(つかさ)となれると言ういわく付きの剣である。


「おおぅ。柄を握るだけで、力が湧いて来るようだ」

 王法の司。それは世俗権力の頂点に立つ者。普通は皇帝陛下(トラトア・ニギ)が王法の司を兼任している。しかし、時代の変わり目では王法の司が帝権から分離され、別の人物によって担われる事がある。

 この国で皇帝になるには皇室に生まれて来なくてはならないが、王法の司になるには力量さえあれば良い。宝剣はその資格者を選ぶ為のマジックアイテムであった。


「ふ。最早、カルディコットの跡目争いなどで振り回される必要もないと言うことか……こほん!」

 男は湿った咳ばらいを一つ。

 震える背はしゃんとした背骨が通り、かすれる声は力強く朝の息を吹いていた。

 骨にはまだ若さの残る血を通わせ、胸には過ぎる程の驕慢を抱き、腕に十人力の力を(たぎ)らせて、朝日を左の肩に受ける。


 キュライスの男より、一人ごちるように漏れる言葉。

「盗賊のふりをさせて、配下に神殿の馬車を襲わせると言うリスクの大きな賭けに出た甲斐はあった。後はその盗賊は捕縛し始末したことにしてしまえば、こちらが得たのは誰の者か判らぬ者ばかり。

 おい。首の用意は出来ているか?」

「はっ! 時期を見て処刑いたします」

「そやつの罪状は?」

「ヤミオチとはよう言ったもの。あやつ自身が直接手を下した殺しが二十一人。浚って売り飛ばしたのが八十余人。あやつの率いた盗賊団に襲われた村は、下は三つの幼女から上は六十の婆さんまで酷い事になっております」

「生きながら魔物に生まれ変わった外道だ。退治するのは我らモリビトの務めだな」

「はっ!」

「罰当たりにも、神殿の馬車を襲ったのが、あやつらの運の尽きよ。悪い事は出来ないものだな」

「はい」


「宝剣は主人を選ぶとも言う。その伝承を利用すればカルディコットの上に立つことすら可能なのではないか?

 お前ら! 黙ってわしに付いて来い! いずれ富貴を味合わせてやるぞ」

 ちょっと前までは、自分すら考えもしなかった夢物語を信じよと胸を張る。


「これは天命だ。わしにクオンを統べよとの天命だ。

 ふふふ。ふはははは……カルディコットの小倅などには任せられぬと言う神の思し召しに違いないわ!」

 鞘のまま闇薙ぎを天に掲げる。


――――

 まばゆけれど 天の与うる この(つるぎ)

 孺子(こぞう)が器に 劣らんや

――――

 恥ずかしながら、天が下さったこの剣。このわしが孺子の器に劣るものか。


 朝日を左の肩に受け、彼が詠んだこの歌は戦乱の遠い足音だったかもしれない。


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