消えたスジラド-03
●塩垂るネル
届いたのは一通の書簡。
あたし達を匿う神殿の元に、帝都オリゾから正式の使者が携えて来た悲しき報せ。
封を解き、一読した手が震え声も震える。
「うそ! うそ嘘うそ嘘! スジラドが死んだなんて嘘よ!」
知らずあたしは憤慨していた。
「コーネリア殿。お気持ちは解りますが……」
言葉を濁す使者。
「だって、証拠は? そう、証拠が何もないわ!」
信じられない。いや、信じたくない。
四歳の時から姉弟のように育って来たスジラドだもの。あいつの事なら何だって知っている。そんなに簡単に死ぬような子じゃない事も。
え? 地揺れ? 目の前がグラグラ揺れてる。
あれ? あれ? 唇が、舌が痺れて口の中が苦い。なんで、なんで寒いの? こんなにも。
なんだか急に御使者様の声が遠くなった。太陽も風もあたしを置き去りにして遠くへ行ってしまった。
突然冥くなった部屋。その揺れの激しさにバランスを崩したあたしの身体が、ふわりと宙に浮いた。
「ネル!」
あたしを両腕で抱えて受け止めたのは、デレックだった。
心配そうに覗き込む顔。今一人の、年上の弟の顔を見ながら、あたしの意識はふっと途切れた。
気が付くと、あたしはベッドの上に寝かされていた。服を着たまま横たわり、毛布が一枚掛かっている。
「お兄様?」
チャックお兄様が枕元に立っている。
「ネル。チカとタケシが居場所を探れない時点で、この世界からいなくなったのは間違いないんだよ」
諭す様に告げるお兄様の声は、とても穏やかで同時に少し冷たく感じた。
チカと言うのはスジラドが契約を結んだ鳥の魔物で、タケシと言うのはスジラドの馬。
どちらもスジラドと魔力ラインが通じて居たのだとお兄様は言う。
「魔力ラインはどれほど離れていても、絶対に途切れる事のない絆だよ。それが途切れたと言う事は、スジラドが今、この世界には居ないと言う事なんだ」
不思議と、拒絶はしなかった。相手がチャックお兄様だってこともあるだろうけれど、言葉の選び方が忌み語を避けていたせいなのかも知れない。
「遺留品は無かったの?」
首を横に振るお兄様。
「一振りの剣が残されていたんだが、残念なことに神殿に送られる際に賊の襲撃を受けたらしくてね。もう、どこにあるのかも判らなくなったんだ」
普通は口籠る筈の事を、実にあっさりと口にするお兄様。
スジラドの愛剣・闇薙ぎは、斬り裂き、貫き、打ち据える切っ先諸刃の片刃の剣。
宇佐の地で禍津神と戦った時に手に入れた物だと聞いている。まるで神代の時代を思い浮かべるようなお話だった。
六歳にして人攫いを討伐し、十歳にして禍津神を降し領域開放した英雄。
それがあたしのスジラドだ。
「スジラド……あんたなんで……」
――――
吹く風の 人に物言う世なりせば
いかでかなしき 人を問わまし
――――
傷口のような唇から、塩垂れるように零れる歌。まぶたが積水を切る如くあふれだそうとしたその時。
「スジラドの馬鹿野郎!」
あたしはぎくっとして顔を上げた。デレックが、外聞気にせず涙を散らしながら吼えている。
「や、約束を忘れたのかぁ! 一人で、一人で勝手に逝きやがって!」
拳が破れるのも構わずに神殿の石壁を殴り、取り乱す様は辺りの人が引く程だった。
すーっとあたしの中で、涙の堤の水位が底を抜いたように下がって行くのが感じられた。
「あ、あははは」
なんで! 悲しいのに。とっても悲しいのに笑ってしまう。
少し遅れて、涙が目から溢れて来た。





