消えたスジラド-01
●近衛の報告
石造りの小さな部屋。
上から差し込む光と壁の丸窓の雲母越しに差し込む光に照らされて、光を背負って立つ若者。
この、わざと部屋の主を威圧的にみせるように作られた小さな部屋で、片膝を着いてまみえるのは、堅甲を纏った騎士であった。
言わずとも、兜に付けられた盾の印から主の身分は知れるだろう。近衛兵・和魂の御伴人が膝を着く相手などそう多くはない。
「……つまり。スジラドは死んだと?」
「御意」
頷く近衛は、
「その可能性が高いかと」
と後ろに控える従者に合図した。
恐る恐る膝行して近付く従者は、面を伏せ三方に乗せた一振りの剣を捧げ持つ。
質素な鞘に収まったそれは常寸よりやや短い。
「ふむ」
証拠の品として受け取った主が、親指で鍔を押し出すとカチャっと言う音と共に鞘走る。
口に懐紙を咥え、ゆっくりと引き抜いてその身を検める。
持ち手の角度を変え、刃紋や拵えを値踏みし、小さな声で呟いた。
「なるほど。これが闇薙ぎか」
その声と共に、ざわっと辺りの空気が揺れた。
知る人ぞ知る国産みの神剣の一つ。
切っ先一握は諸刃で、鍔元の一握は刃引きの片刃の剣。
伝説によると、神匠・光羽が手づから沢叢に入りて葦の根を集め。鋳りて鋼を選り。七度鍛えて剣と成し。篠突く雨の嵐の中で雷を以て焼き刃渡しせし業物。
今や失われた製法によって生み出された魔法の剣である。
主はゆっくりと鞘に剣を納めた。
目を丸くする騎士に向かって主は言った。
「歪みが生じて抜けぬとでも思ったか?」
心の中を見透かされたような気味の悪さを顔に浮かべ、
「恐れながら……御意」
漸くの事で騎士は応えた。
「フィリップ。お前が抜けぬのは当然の事。これは使い手を選ぶ剣なのだ」
「それで。スジラドはいかがした?」
「……」
重い沈黙で返す答え。
「重ねて問う。スジラドはいかがした?」
「恐れながら」
正確に言うならば行方不明。しかし、海が間近で滝の様な急流が一気に海に注ぐ河である。未だ捜索中ではあるが、生存の可能性は極めて低い。
加えて最近とみに海の魔物の数が増え、猛威を振るっているとの報告もある。
「波に浚われ、死骸は海の魔物の腹の中。そう申すのだな?」
「御意」
「確かに海の魔物は増えている。カルディコット一門のタジマの者に、我が庭オリゾ近海の活動を許し掃海を任せる程に手は足りておらぬ。
お前の申す事にも一理はあるかもしれないな」
醒めた声で話す主。フィリップの報告に満足していないことが乾いた声にも滲んでいる。
「ああ、そうだ」
不意に思いついたように主は言った。
「確か北の領地の出身だったね」
「御意」
確かに彼は北のカルディコット一門に連なる者であった。
地方の弓の貴族の子弟や郎党には、帝都オリゾにて数年の宮仕えを経験する者が少なくない。
朝廷に対する謀反の疑いを避ける繋ぎの意味でも、経歴に箔を付ける意味でも。帝都オリゾに上り、朝廷に出仕するのが弓の貴族の倣いの一つだ。
中には彼のように三男以下の家督相続の目の無い者などは、朝廷に仕えて武人として身を立てることを目指していたりするものが多い。志半ばに帰郷するにしても、出仕して得た中央の官位官職が地方では大きく幅を利かすのだ。
同じ三男以下でも、無位無官の者よりも官職を得たことのある者の方が発言権が大きい。もしも高い官位官職を貰って故郷に錦を飾れば、時に主家の厄介よりも上の扱いを受ける事もあり、貧しい郷士の五男坊の身では到底叶わぬ権力を行使出来たりもするのだ。
「フィリップ・ハイマー卿。丁度あちらの家がゴタゴタで大変らしい。実家に戻って家業を継いでくれないかな」
「はい?」
主から、他人行儀の言葉を掛けられた彼は一瞬頭が真っ白になった。
これは暇を出された。と言う事なのだろうか?
あるいは、主より実家の家督を授けられた。という事なのだろうか?
主が何を考えているかは、フィリップには読み取れなかった。





