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ケットシーの試練-09

●重い足取り

 御伴人(みともびと)(つかさ)フィリップ・ハイマーは、ネルを追い天然の罠だらけの森の中を進む。


「スジラド殿はコーネリア姫のモノビトだったと言うし、姫の名代として書類提出も行っている。

 てっきり姫と合流して兵を挙げるかと思ったのだが……」


 カルディコット家の大姫を見つけたので追い掛けてはみたものの、(くだん)のスジラドと合流する気配もない。


 ここはカルディコットや乳母の一族エッカートの本貫を遠く離れた何の(よすが)も無き場所だ。拠るべき地物も城ではなく刀筆の貴族の館程度。

 ケットシーの聖域だから、運が良ければ一廉の武人には巡り合えるかも知れない。しかし近隣の村は廃村だ。募ろうにも一兵とて不可能だから挙兵の地としては余りにも不適切。

 場所が場所だけに謀反と結びつけるのは、誰の目にも言い掛かりでしかない。


「スジラド殿が解放した魔物の領域も、帝都オリゾを挟んで反対方向。何を考えてこちらに来たのか見当も付きませんな」

 考えれば考える程、理解し難いネルとスジラドの動き。


「そう言えば、スジラド殿の意思は独立でしたな」

 スジラドの立ち位置は普通ではない。少し前までは新宇佐(にいうさ)村の代官職でカルディコットの家臣であったのだが、今は召し上げられて失っている。

 知行も現在剥奪されているのだから、既に御恩奉公の関係は解消された。つまり、スジラドはカルディコットの家臣とは言えないのだ。


 状況をややこしくさせているのは、新宇佐村の向こうにある、スジラドが解放した魔物の領域だ。

 拓いて十年経って居ないから、開拓地で実態不明だが。スジラド殿が拓いた物だから、彼の本貫地と言って差し支えない。つまり彼は領主を名乗る事が出来るのだ。

 この領主で有っても誰かの家臣ではないと言う、極めて特殊な立場にあるのが今のスジラドである。


「提示された書類は、取りようによっては自ら国を起こすと宣言したようなものだが。場所が場所だけにこれも謀反と結びつけるのは難しい。弓の貴族とは、元々スジラド殿のように魔物の領域を切り従えて成立したものだからな。

 しかし、自立した貴族になるのならば、形式として有力な刀筆の貴族や皇帝陛下に領地を献上して、改めて封ぜられるのが定石だ。なのにその手続きをしていない。

 陛下が言うには、調査させたところ田舎で引きこもって隠居するための土地だとか。


 スジラド殿とは何者ですか?」


 信用していいのかどうかは判らないが、陛下の言葉を疑うわけにも行かないし、陛下がお認めになった事。

 別して我が家や皇室に害の及ぶ話でもなければ、臣下が口出しすべきことではない。


 念のためにと派遣されたものの、スジラドの周りには怪しい者が多い。

 お家騒動に関する書類も提出されており、スジラド自身の立ち位置の変化はあくまでも事故のようなものだ。


「狙って主君を暗殺した上でモノビトに成り下がり、その上で領地を得るなど普通は思いつきもしないし、実行もしないだろう。スジラド殿の立場は、偶然の産物としか言いようがない」


「はぁ~」

 しかし、頭が痛い。

 利権が絡めば揉め事になるのは、刀筆の貴族だろうと商人だろうと水争いする農民だろうと変わりない。

 いやいや、稼ぎの良い場所を確保すると言う意味では物乞いだって同じことだ。

 弓の貴族の様な自前の武力を持った同士の揉め事はどうなる? それは御国の歴史が証明している。

 いずれ時間の問題で戦に発展することだろう。


 ドゴー! ドドドド! ズーン!

 そんなことを考えていると爆発が起きた。

「何が起きているのだ、この地で」

 理解のできない状況下。

「コーネルア姫の痕跡が消えた」

 先程までは確かに存在した人が通った後が途切れた。辺りを探しても探しても痕跡すら見当たらない。

 まるで砂浜の渚を波が、砂丘を風の箒で掃いたようにきれいさっぱり。


 フィリップは、せめて爆発の原因でもと思いその方角へ向かおうと歩を進めて行くと、

「崖の下に出てしまった」

 行き止まりかと踵を返そうとするフィリップの鼻を、軽やかな風がくすぐる。

「焦げ臭い」

 しかも肉や毛が焼ける臭いだ。

 フィリップが風上に目を向けて進んで行くと、そこにはスジラドの佩いていた剣と焼け焦げた防具の破片らしきものが散乱。

「爆死、と言うことか」

 なんとも言い難い任務の終わりだが、これを報告しないわけにも行くまい。


「歪んだか」

 剣は抜こうとしても爆発に遣られたのか抜ける気配もない。


「ともあれ。隠さず報告せねばならないな」

 遺品と思しき剣を手に、皇帝陛下(トラトア・ニギ)の盾である和魂(にぎたま)の御伴人の(つかさ)フィリップは、元来た道を引き返して行った。


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