ケットシーの試練-08
●チャックの問答
「コーネリア殿! 我が兜の印に掛けて誓うが、決して卿らに寇す者では無い」
コーネリアとは普段使いしないネルの本名である。ネルはその略称であった。
皇帝陛下より賜りし鎧兜に誓う。それは近衛兵である御伴人にとって勅命以外で違える事のない固い誓いを意味している。否、たとえ勅命によって違えざるを得なくなっても、ぎりぎりまで力めて守る誓いであった。
「和魂の御伴人殿。戦場の倣いにて失礼仕る」
ネルに身をやつしたチャックは、公式の礼では無く軍礼を以て話に応じる事を宣言した。
軍礼とは。
例えば馬から降りぬ代わりに鐙を外し、すぐさま攻撃に移れぬがいつでも逃げたり防げるようにしたり、
例えば剣を鞘ごと剣帯から外して右手に持つなど、危害を加えぬ事を示しつつも攻撃に備え、身を護る為に戦う事を前提とした礼法である。
チャック扮するネルと近衛兵の御伴人。一町ほどの距離を置いて向き合った。
「元より、朝廷は貴族家中の仕置に嘴を容れぬものである。
されどコーネリア殿のご意思を正式書面で受諾した上は、ご意思の変わらぬ限り庇護する用意がある。
神殿に入りその庇護下にあるのならば。ご舎兄家臣の跳ねっ返り共とて手を出しかねるはず。
その上で敢えて卿を討たんとするは、神々に逆らい陛下に弓引く大逆となる」
「御伴人殿。卿は都人なれば、武士をご存知ない。
上は刀筆の貴族と変わらねど、下は盗賊の如き奴原もあり。
主の主は主に非ざれば、下知必ずしも下達せず。
功名は七難を隠すゆえ、抜け駆け勝手働きは武士の倣い。
主君の対抗者を害するも、お家の後難を排す為とあらば、忠義ゆえに罰するを能わず。
なれば親兄弟の仲とても、武を以て我が身を護るが弓の貴族なり」
考え方の違いだろう。御伴人や官吏にとっては法と手続きのみが正義だが。お家争いの渦中に有る者にとっては力こそ正義。
皇帝陛下の御稜威で全てが治まる刀筆の貴族と異なり、弓の貴族の力の源泉はその武力にこそある。皇室に連なるほどの名族ならば、武を欠いても滅ぼされまではしないだろうが、力を持った者の傀儡にされてしまうのだ。
ネルの声を真似るチャックは、物々しい言い回しを改め、
「恐らく兄上も、不入の権を主張して来るでしょう」
と口にした。
「では、何ゆえに都で書類を提出されたのでしょうか?」
首を傾げる御伴人にチャックは、
「カルディコットは伯爵家。もし家中で争わば。必ずや大事となることでしょう。その時、邪なる者の手によって、朝敵の汚名を被らない為です」
「なるほど。朝敵追討は火事場泥棒共の良い口実になりますからな」
当地に見届けの為に派遣されていた御伴人は、委細承知と明言した。
ゴー! この森の中にただならぬ響きがあり、大地が揺れた。
地が割れ、擦れた樹々の葉は雨のように降り注ぎ、耳をつんざく音が響き渡る。
「コーネリア殿!」
異変に気を取られた一瞬の隙。御伴人はネルの姿を見失った。
小一時間後。
樹上から、扮装を解いたチャックが地面に降りて来た。
「やれやれ。宮仕えは辛いねぇ。
まあ何はともあれ、結果だけは確認してネルに報告してあげないといけないかな」
遠くに立ち昇る土煙の柱。崩れ落ち、赤茶けた地肌を晒す丘陵。
山崩れの事など一瞥することも無く、チャックはのんびりと歩き出す。
ドゴー! ドドドド! ズーン!
「お、行ったか。ま、かんばれ」
激しく響き渡る爆発音に向かってチャックは静かに声を掛けた。





