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ケットシーの試練-06

●そして進化

 一つ一つおさらいする様に、段々と動きが良くなって来る。まるで学校を出て何十年も経つ人が、昔小学校で使った教科書を見ているような気がするよ。

 習った時の悪戦苦闘を思い出して思わず。にやりと微笑んでしまう。今はそんな気持ちに成ってる。


 ついさっきまでの僕の動きは。武人として、弓の貴族に連なる者として育てられた人物のものだった。

 だけど今の動きは相手と同じ。暗部として働く為の、いや暗部と互角に戦う為のものなんだ。


『父上母上は恐らく、俺が暗部から身を護れるように考えてくれていたんだろうよ』

『そうかもね』


 裏と言えど、武術は武術で体術は体術だ。発想はともかく根っこは同じ。一部、表の術で使わぬ筋肉もあるにはあるが、柔軟と体幹の強みは応用が利くものだ。

 時間と共に段々と違和感が薄れ、僕達が暗部の術に適応して行くのは愉快すら感じる。


『マコト。枝の影に』

『了解』

 僕の空間把握能力は、いつの間にか強化されている。そう、肉眼の情報にチカの視点を加えた状態への適応が進んでいるためだ。今ではこの目で見た物からチカの視点をある程度推測出来るんだ。

 そして一人の人間の頭では荷が勝ちすぎるこの作業を、僕達は二人掛かりで解決している。


 ライディンの魂に(マコト)の魂。二つの魂を持った僕は、いわばツインCPUマシンだからこそ、常人が十年の修行で辿り着く領域に踏み込んで行く。


 次第に僕達二人の意思は同調して行き、一つの意思に統合された二つの頭脳が戦いに臨んでいた。

 歯車が噛み合うように、バラバラだった部品が一つになるように、一つの芸術品が生まれるように。


 今なら解る。

 ジャックとしての幼い日の記憶。

 ライディンとしての魔法の知識。

 マコトとしての異世界の経験。

 スジラドとしての修行の日々。


 そして、あの日攫われた時の、操られた身体の動かし方。修行で鍛えた足腰はジャックの記憶にある戦い方を活かし、記憶はライディンの魔法を最大限活かす方法を見出し、マコトの経験が魔法をより高みへと導き。

 修行はその経験をその身に刻む。そして初めてあの日の動きが、当たり前にスジラドの中で昇華する。


 木を駆け上り、飛来する暗器を弾き、姿勢が崩れた状態を狙ってきた一撃を足で裁く距離が離されるが、真っ直ぐ進める道があるなら問題はない。

 今なら多少の無茶は理屈で押し通せる電磁誘導の応用。自身を弾丸の如く発射する。


 通常の釘打ちでは自分の電荷を操作する形で擬似的なレールガンとしている。自分自身を加速する場合は筋肉の電気信号を操作する肉体強化に過ぎないだが条件さえ整えば……電磁誘導によるレールの上を加速することができる。

 暗部の張り巡らせた鋼糸をレールに見立て、自身を弾丸として射出すれば……。


「何?!」

 この通り、追いつけるわけだ。


「やはり、貴方様は……」

 尊称で呼びながらも暗部の男は僕に剣を振るう。


 鋼糸を用いた加速に気付いたらしく、暗部の男は折角用意した鋼糸結界から離れるように動きを変えていた。

 鋼糸は加速に使われ、暗器を投げれば、投げ返されたり逆に利用される状況では、最早逃げるしかないのだろう。戦いの最中に解いた鋼糸は僕の四肢に巻きついて、コイルの代わりに用いられ、より変幻自在な動きを可能としている。僕自身に電荷を負わせるには限度があるから好都合だ。


 電磁誘導にはある程度の電気を流せる物体を用いるのが好ましい。僕はその代用品として鋼糸を用いていた。

 鋼糸結界を抜けた段階で電磁誘導による加速は不可能だけれど、鋼糸がないなら奪い取った暗器で結界の代用品を構築すればいい。


 そして。とうとう僕達は彼に。暗部の力量に追いついたのだろう。

 僕達の動きが飛躍的な進化を成したその瞬間。彼の発する雰囲気が、突然がらりと変わったのを悟る。


 いやこれは、戦場を支配した僕の進化に対する暗部の戸惑いだ。

 僕を前に、暗部は断崖へと追い詰められた。


 うん。これは決着への流れ。

 あたかも相撲の立ち合いのように、暗部の彼と僕は同時に仕掛けを打つ。

 そして。

「よもや、これほどとは……」

「え?」

「斯くなる上は……」

 僕には彼が何を言っているのか判らなかったけれど、

『やばい!』

 ライディンの記憶が警告を発した時には間に合わなかった。


 閃光・轟音と血飛沫。砕け散った暗部の爆発に、僕は巻き込まれた。


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