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ケットシーの試練-05

●スジラドの覚醒

 僕は全身に僅かな電荷を掛けて磁場を作った。

『これは?』

 ライディンが訊く。

『電磁誘導の変化を調べるのさ』

 磁場は近くにある金属に作用して変化する。雷の力を使いこなしそれを知覚出来る僕は、いわば人間金属探知機だ。

 これによって鋼糸のある場所を正確に把握した。

 潜む影……何度か見たことのある暗部を追う。あちらもこちらに気付いたらしく、迎撃を開始する。


 あれ? 僕、こんなこと出来たっけ?

 恐らく暗部の者相手に、僕は距離を保ちながら(ましら)の如く森の樹冠を跳び渡っている。

 撓う枝・伸びる蔓。地上に足を降ろす事無く、前世の体操選手もこれは無理って動きの連続だ。

 僕の知識に近しいものがあるとすれば、漫画の忍者か二次大戦の戦闘機乗り。

 あたかも、手に風を掴み足で空気を蹴り出すよう。


 もう目まぐるしく天地が入れ替わり、どこが空やら大地やら。なのに当たり前のように身体が適切な動きをしてくれる。


 僕は、密かに張られた鋼糸の罠を利用してジェイバードを倒した。そして今、腕が切断され恐慌を来している彼を無視して河岸変え中。

 だって、移動しないと間違いなく彼を巻き込んでしまうんだもの。


 僕は最初、暗部の目的は監視だと思っていた。あくまでも中立でジェイバードとの戦いの行く末を見守っているだけだと。

 だけど、どうやら最終的に僕を仕留めるのが目的みたいだ。(けん)に徹しているかのように思えたのは、単に僕の実力をジェイバードで量りつつ、罠を仕掛けた場所まで誘導するのが本意だったようだ。


『マコト。段々思い出して来たぞ』

『え? 何を?』


 地面には罠・上空には鋼糸の結界・離れれば投擲武器・近付けば暗器。

 相手の見えない死角に潜り込んでは、致命の一撃を叩き込む。それはスジラドとして学んだ武術とは別種であり、ライディンが弱かった最たる理由である。


『小さい頃に学んだ忍びの術さ』

『うそ! 実家は刀筆の貴族だよね』

『なぜか知らないが習わされたんだ。意外と覚えているや』


 普通の戦士は腕を用いて敵と戦う。それは足運びで力の流れを整え腕で叩き伏せるからだ。

 しかし、別種の戦いをするものは違う。腕で何処かに捕まっていないといけない場合には足で敵を仕留めるし、場合によっては守るべき頭部すらも武器とする。

 その戦いに上下の概念はない。どこにいてもどんな相手でも、戦う必要がある限り必ず仕留める必要があるのだ。


 そう。暗部の闘いは、周りの物は全て武器。放たれた武器を打ち返すなど当たり前。鋼糸の罠を解除し、同時に武器として転用する木々を揺らし、木の葉に紛れさせて礫を投げつける。

 空気の流れも月光の煌めきさえも利用できるものは使い尽くして敵を討つ。


 未来位置に向かって打たれるダーク。それを腕の一振りで捻りを加えて一の刃をやり過ごす。

 その勢いで横滑りする軌道から、小枝を掴んで手繰り寄せて距離を離した。

 ダークは四半回転して線が点になりつつ飛来する。だから元々躱し難いものだけれど、打った後に変化した間合いには対応できない。

 脇に衝撃と鈍い痛みを感じたけれど。肉を貫いて刺さる筈のものが、単なる鉄の礫に変わった代償と思えば安いもの。弾けて舞うダークを引っ掴んで打てば、暗部の男は払い落して刃を避けた。

 その分、僕等に有利な位置を占められたんだけどね。


 不思議なくらい身体が動けている。いや、僕もライディンも忘れているけれど、多分身体が動きを覚えているんだ。

 暗部の者と剣を交え戦っている内に。過去のライディン、つまり僕達がジャックだった頃の訓練のイメージが、鮮明に流れて来た。

――――

 人間の多くは右利きだ。

 だから、全ての武術体術や礼儀作法は、利き腕が右であることを前提に編まれている。

 全ての(ことわり)は、人が二本足で立って動く生き物で有る事を土台に創られている。

 故に当流はその前提を崩す。


 例えば、剣を鞘ごと抜いて右手に持つ。この作法も右手で剣を抜いて戦う事が大前提だ。左手で右と同じに扱えるならば、自主的武装解除の(かたち)は意味を成さない。

――――

 この体系は暗部特有のものである。

 なぜジャックが。荒事とは遠い刀筆の貴族の子として育てられたジャックが、裏の武術と体術を習わされたのかは判らない。

 

 まるで暗部の身のこなしを、瞬時に見取り稽古で身に付けたかのような僕の動き。

 空中でアームバックを使って姿勢や起動を変え、風に舞う木の葉のように動く僕達。


 あ、合った目に、驚愕の色が浮かんでる。

 そうだよねそうだよね。それが普通の反応だもの。


 特に魔法を使っている訳ではないけれど。僅か弾指(だんじ)の間の体感時間が、亀を追うアキレスのように限りなく延長されて行く。

 僕達と暗部の男は、丁度英字のエックスを描くように交差した。


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