ケットシーの試練-04
●ネームド二人
火花を散らす戦いは、双方薄手を負いつつもやがて膠着状態に至る。
激しい攻めだが、周囲に張り巡らされた結界は大剣の動きを封じ、ステゴロはその場をあまり動かない関係でそれほど不利にはなっていない。
「そうか。それがお主の基か」
「あなたも、力を伏せていましたね」
二人の交わす言葉のどちらにも、悦びが滲み出ているのは気のせいだろうか?
「わしは止める力こそ本なのでな。ステゴロのデュナミス、またの名を眞鐵の山法師。貴公もそうであろうが、権伴が二つ名は伊達ではないぞ」
一口に権伴と言ってもピンキリだが、俗にネームドと呼ばれる異名持ちは別格である。
「あなたがそうでしたか」
守勢にあって魔神の如しと噂される眞鐵の山法師。アルスからすれば、尽く口を封じよと言う先代伯爵の命を果たすには、この上なき難敵である。
「疾風の稲綱使い。それが私の二つ名です」
アルスもまた名乗りを返した。
もしもスジラドが見ていたら、まるで拗らせ切った中二病だと感想を述べ、そのクサ過ぎる二つ名に身悶えしたことだろう。
ここよりこれまでは小手調べとギアを入れ替える二人。
今や完全に当初と攻守所を変え、飛鳥のように舞うアルスが長距離から飛び込んで切り込み、ずっしりと地に根を生やした如きデュナミスが己が制空権に入った者を殴り飛ばす。と言った外見となり、それが眩暈がする程素早く流転。もしも目撃者が居たら吐き気を催すか昏倒しかねないだろう。
「お見事。いくら殴っても威を殺がれ、投げを打っても関節を極めようとしても受け身を取られてしまうわ」
宙に有りて、大剣を振り回す勢いで軌道や姿勢を変えるアルスの変態的な空中機動。
致命傷こそ食らわぬが、いつしか満身創痍のデュナミス。
「是非も無しか」
呟くデュナミスは効かぬ攻撃と知りつつも、派手にアルスを殴り飛ばした。逆らわず自ら飛んで威を殺すアルス。
しかし、殴り飛ばした勢いで自らも一回転する様な一撃だ。二人の距離は二十メートルを超えて隔たった。
「我は蠱いを幹す
名も無き賤の武士を来たりて護れ戦神
来たれ 山の風 傀儡」
呪を唱えると、地面より影のように上って来る鋼に鎧われし人形三つ。アルスは傀儡を中心に三メートルの結界が貼られたことを悟った。
三つの傀儡は身を沈め、ちょうどアメリカンフットボールのスリーポイントスタンスか、相撲の立ち合いの瞬間のように地に片手を付ける。
傀儡の突進から仕掛けて来る。そう思い、初撃を往なそうと図るアルス。
だが、
「防げ!」
デュナミスは一言命じると、束の間ならば絶対の信頼を置く壁に背を向け、一目散に走り出した。
「お、おい!」
肉弾戦の勝負に、あからさまに魔法を使っておいてこれか?
呆気にとられたアルスは、走為上を決め込んだデュナミスに十歩も二十歩も出遅れた。
しかも。逃げる途中。
「おお! こんな所に馬がある」
「なんだお前! うわぁ!」
傍若無人に殴り飛ばし、どこぞの家中の少年従者が引く馬を奪う。
「ではアルス殿。遊びはまたの機会にな」
と言い捨てると一目散に逃走した。
「大事は無いですか?」
追い掛けて来たアルスが駈け寄り介抱する。アルスには少年に見覚えがあった。
「確か、君はジェイバード殿の従者では?」
「……あなたは?」
「先代のカルディコット伯に雇われた者です」





