ケットシーの試練-03
●今一人の敵
ゆっくりと迫るその刃。
到底受けも間に合わないと思われたその時。一瞬静止したジェイバードの腕が、肘の少し上をスポッと抜けるように剣ごと僕の後ろに飛んで行った。
一瞬遅れて噴き出す血潮。
「う、腕がぁ!」
愕然となるジェイバード。
僕自身の力は雷。雷の力を身に受けて。ただ一点、右肘に纏わせて相撲のナタをカチあげる。いや肘打ちに下腹部を突きあげた。
すると天井まで突き抜けるかの勢いで、重力を無視したジェイバードの身体。それが羽が舞うようにゆっくりと降りて来て、石畳の床の上を二度三度、手毬のように低く弾んだ。
泡を吹き、左手の指を奇妙に曲げて痙攣するジェイバード。半分以上が僕が引き出した雷の力の成したことだ。
「ふぅ」
身構えつつ、吐く息吸う息整える。
「腕は互角、力は僕に勝っていたけど。知恵比べは僕の勝ちだ」
僕は鋼糸に気付き、奴は気付かなかった。多分ジェイバードには、僕が自分で飛んで蹴りの衝撃を逃がしてことも理解していないだろうね。
「こんな奴でもアイザック様のご家来だからね」
なんか益々根に持ってくれちゃいそうだけれど仕方ない。助からないなら止めを刺すけど、これくらいなら手当てすれば死にはしないからね。
僕はぶつぶつ言いながらジェイバードの切れた腕を縛って止血してやった。
同時に、意識をジェイバードに向けている振りをして、僕は辺りを警戒する。気配を隠してはいるが、この鋼糸の結界を張った奴が潜んでいるのだ。
僕はそっと雷の力を波紋のように放出する。いわゆるレーダーって奴だ。
すると張り巡らされた糸が、ぎりぎりの力で張られた響かない糸の存在が、僕にとってペンキをぶちまけられた透明人間のように露わになる。
「そこだ!」
ヒュヒュヒュン! 気配の先に釘を撃ち込むと、海老茶色の服を来た覆面の人物が姿を現す。
その姿はマコトの世界の忍者にそっくりだった。
「お前か! 鋼糸を張った奴は」
「……」
答えはない。だが恐らく暗部の者だろう。つまり、姿を見せる事が奴の術。
ヒュン! 虚空を摩す響きと共に襲い来るボルトを。カン! 短剣で払い落とす。
今のは鋼糸を使っての遠隔操作だ。
右に左にまた右と。ヒュンとカンが立て続けに鳴った直後。
後ろからヒュンと鳴る音を打ち払わずに前に伏せてやり過ごした。
危ない危ない。もしも音だけに頼っていたら、続けて発射された音の出ないボルトの方を喰らっていたことだろう。
それでも。伏せて隙を見せた僕に、初めて奴が動き出した。
●龍虎の闘い
その頃。
ステゴロのデュナミスと大剣使いのアルスの戦いは、いつしか森の中に移っていた。
「これは」
足元を何かに引っ掛けたと思ったら、突然飛来する礫。
当然、その機を逃すようなデュナミスではない。
「のぁっ!」
だが、踏み込んだ脚が地面に沈み、跳ね上がった棒が彼を襲う。それでも、繰り出されるアルスの剣と同時に躱す体術が冴える。
いきなりの事なので思わず声を上げてしまったけれど。それは火鉢の炭が爆ぜて、火の粉が顔に掛かった様なもの。不意を打たれれば歴戦の勇士も子供と変わらぬ反応をして当たり前だ。
デュナミスが躱した先にあった草花に触れた途端、ぱーっと煙のように白い物が舞い上がる。
これは花粉か胞子なのか? 二人の視界を遮ってしまった。
「ふむ。これはまた厄介な物を張り巡らされたものだ」
閉ざされた視界の中で、僅かに位置を変えながらデュナミスはごちる。アルスの仕掛けで無い事は、アルスも一緒に引っ掛かって居る事で判る。人造の罠に森本来の天然の罠。なかなか厄介な場所だった。
それでも罠をものかはと戦いは続く。
罠の発動をきっかけに戦うスタイルをがらりと変える二人。
殆ど足を動かさず迎撃を繰り返すデュナミスだが、命を奪おうとするアルスの一撃を完全に殺すことはできず、徐々に追い込まれているかのように見えた。
狭い場所であるにも関わらず、幹を足場に大剣の重量をカウンターに変幻自在の攻撃を仕掛けて来られれば、如何にデュナミスとはいえ流石にきつい。きついがデュナミスの顔は歓喜に満ちて、目は変わらぬ闘志に輝き続けている。
もしもスジラドが見ていたら、龍虎の闘いと形容した事だろう。天翔ける龍がアルスで、地上で待ち受け迎え撃つ虎がデュナミスだ。
龍虎の闘いが嵐を喚び雷鳴を轟かせるように、二人の闘いは白煙とただならぬ響きに大地を揺らす。
剣の嵐を踏み越えて、拳の流星が乱れ飛び、谷を隔てた遠くの森に微睡んでいた魔獣の肝を驚かせ、魔獣・野獣が一斉に駆け出した。





