ケットシーの試練-01
●雄敵ジェイバード
ケットシーの試練場。それは多くの武人や武芸者の聖地であった歴史がある。英雄・豪傑・剣豪。武を極めし者達が必ずここを訪れたと言う、まことしやかな伝説が数多く残っている。
「ここかな?」
朽ちて柱だけを残す石造りの神殿跡? それともストーンサークルなのだろうか?
楯板のように並ぶ石の大板。飄々と流れる風の音。時折、女がすすり泣く様な響きが、右に左に木霊する。
「やっと見つけたぞ、スジラドおおぉっ!」
「誰?」
猿の様な叫び声を轟かせて、石板の影から飛び出したのは、
「我が名はジェイバード、スジラドに一騎打ちを申し込む!」
確か追手を指揮していた人だ。僕は
「はぁ~」
と溜息と共にうんざりとした顔を作って、
「やり合う理由はないと思うんだが?」
冷ややかな目で彼を見つめる。
「あ、あれだけ人を虚仮にしておいて何を言うか!
未だにネル様と行動を共にし、神殿と密約を結び、王都の後ろ盾を得ようと画策しておきながら言い逃れができると思うなよ!」
どうやら、人は信じたい事実しか見ることが出来ないと言うのは本当の事の様だ。
「ふふっ」
嗤いしか出て来ない。
確かに。そう言われれば、そう見えなくもないかもしれないね。
でも事実はネル様はチャック様の変装だし、神殿とは密約どころか死ぬ予言を一方的に突きつけられ、王都は書類提出するだけでたらい回しにされた。そんなこんなをどれだけ曲解すれば、こんなバカげた妄想に成るのだろうか。
「違うと言っても信じないんだろうな」
「貴様の口車に乗せられてアイザック様からは見限られ、今や在野に落ちたこの状況で貴様の戯言を聞く気などはないわ!
最早、騙されてなるものか。男ならば口ではなく剣を持って語れ」
距離を詰めつつ、右の手でゆっくりと剣を抜き放つ。剣は徒歩立ちの戦いに利の有るグラディウスだ。
あーあ。ひょっとしなくてもこれ、酷い思い込みと僕とは無関係な逆恨みも入っているよ。
って言うか、曲がりなりにも三百もの騎馬を指揮できる人間を、アイザック様がそう簡単に放逐しないと思うんだけどさ。
ふっ、と剣先が揺らいだと思うと、上段から切り下す一閃。くるりと九十度回った刃筋が足元を薙ぐ。
これはいわゆる見せ太刀って奴だ。互いに間合いの外にある内に、先入主を植え付けようと企てるジェイバード。今の動きを頭の中から追い出さないと彼の術中に陥ってしまう。
たとえ重心を後ろに置こうとも、突きの間合いは肩の分だけ胸板の分だけ確実に伸びる。
そして薙ぎも本来は遠心力と加速の分、更にこちらに斬り付けて来るのだ。
身体と言う樹の幹から枝が生える様に剣を構える。指呼の間に入る半拍前に僕は、すっとジェイバードの利き腕の外に半歩ずらした。
ぐん! 迫る剣を。カッ! 平で払い反らした。
もちろんここで受け流しからの攻撃が定石なのだが、ジェイバードの引く剣の素早さに付け込む隙が見当たらない。
ぐぐん! 初手を外されるや第二の突き。ぎしっ! 鍔で抑えて離れぬうちに相手の右手の外側に回り込む。
ひゅん! 薙ぎに転じたジェイバードの切っ先。
「喰らえ!」
刃が布を斬り、鎧外れの素肌に迫って来る。勝ったとばかりにジェイバードの口辺が吊り上がる。
「させるか!」
僕は剣筋を合わせるのももどかしく、右肘を剣で殴りつけて制した。
結果、狂わされた剣の軌道は服だけを裂き、僕の肌を露わにした。けれども肌には人の爪で引っ掻いたような白い筋のみ。たとえ剣に毒が塗って居ようと、血に入り込まねば効かぬ毒なら大事の無い程度の薄手に過ぎない。
「猪口才な」
将として足らぬ物は多くとも、流石アイザック様が将を任せただけの事はある。まだ口を利きながら戦う余裕がジェイバードにはあった。
これだけの武辺者が我に続けと戦うのならば、百や二百の兵は信頼して付いて来る。拙くともその延長で三百程度の指揮は熟せる部将。
「残念な人だ」
僕は憐れむ。
本当に惜しい。残念臭がプンプンだ。もしも分別なり広い視野なりが加われば、アイザック様の家中で必ずや重きを成す人物なのに。
「利いた口を」
カチャ!
鍔迫り合いとなり噛み合う刃。
彼の武勇は本物だ。厳しい剣の遣い方をして来る。上背も素の膂力も勝る敵と、鍔迫り合いに持ち込まれてしまった。
指揮は力任せなジェイバードだが、個人の術は強力にして精緻。鍔迫り合いの駆け引きの兼ね合いたるや、僕が抗う力を利して崩しを掛けて来る。
急に力を抜かれ、押し返す僕の身体が前のめりになった所を、首の血脈を掻き切らんと刃が迫って来た。





