ジャックのふるさと-06
●生き残り
チャック殿の後を追い掛けて来た私達は、試練の場へと向かうスジラド殿とすれ違いました。
その時、馬を見たデュナミスの呟きを聞いてしまったのです。
「ん? あれは人買い共の陣を蹴散らした時の馬にそっくりだな」
反射的に、私は背中の大剣を取り出し撞木に踏んで体転刺突の構えを取っていました。
切っ先はもちろんデュナミスの咽喉に。
次の瞬間、スジラド殿が私の殺気に反応して振り返った為。
「いいから先へ」
慌てて剣を肩に担いで誤魔化しました。
幸い、デュナミスが何も行動を起こさぬまま、スジラド殿の姿は見えなくなってくれました。
しかし、聞き捨て成らぬ言葉です。
「やはりあの場にいたのですか」
先の先は諦めて待の先で油断なく、視線だけで殺さんばかりにデュナミスを睨みつけるも、
「ならばどうした?」
八方破れに隙を晒し、微塵も動じることなく笑うデュナミス。
「武に訴えても、わしの口でも塞ぐ積りか? 生憎だが、それは無理筋じゃのう。
慍りを以て戦いを致す可からず。と言うのは大分の兵法に限らぬものぞ」
典型的な脳筋野郎ですが、阿呆でも流石権伴が一人です。存外に学があるのですね。
いや、よく考えれば道理ですね。権伴は何れも一廉の人物。彼が武辺一辺倒の虎痴と言うならば、武のみで名前が天下に鳴り響いて居ない筈もないでしょう。
私が知らなかったと言うことは、相応に将の器量も持ち合わせている証拠。だとすれば、今の言葉も私の平常心を奪う策ですか。
前伯爵様の命により、目撃者は全て処分しました。しかし、よりにもよって、こんな化け物を見逃していたとは一生の不覚です。
「ほう、今ので切り替えが出来るとは。流石アルス殿、ますますわくわくして参ったのだ」
こいつ。命のやり取りを楽しんでますね。
陽炎の様に揺らぐ体躯。力を抜き、起こりを予測させない見事な身のこなしです。
後一寸でこちらの指呼の間だと言うのに、いやはや飛び込む隙がありません。ならば!
「デュナミス! 些か不本意な術を使わせて貰いますよ」
暗部ならば、任務の完遂が最上位。わざわざこれから何かを仕掛けるなど絶対に口にしないでしょう。あるいは相手が賊徒風情なら気にも留めません。
ですが、彼は名に負う権伴。そして私も一個の武人。
「地鳴き!」
受けてみよと伝書にある術の名を告げると、デュナミスは、
「勝の三。拝み矩!」
と宣って、自然に曲げた右手の手刀を正中線に合わせ、左手は拳を固めて心の臓に付けました。
私は剣に魔力を籠めると、大剣の柄を目一杯に使いテコの原理を応用して切っ先を斬り降ろしから擦り上げに変化。
グウィユーングァガッ! 破砕音と共に大剣は大地を抉り、掬い上げる様にして放たれし数多の礫。それがデュナミスの制空権へ侵入。
単なる目晦ましではありません。只のアドバルンでも無いのです。
これは師より伝授された魔法技術の一つなのですから。
地の魔力を帯びた人を殺し得る魔法の礫
「くっ」
地面を抉り飛来する砂礫を受け止めながらデュナミスは間合いを計りかねています。
如何に剣先で切る者は破れ、剣盤で砕く者は勝つと言っても。そもそも、間合いは大剣を使う私が長く、無手の彼は無手故に短いのです。
どうします? デュナミス。
間合いを取れば、勢いに乗じた連撃に繋げ。詰めてくれば、一振りに全てを籠めて骨を断って見せましょう。
●腹から笑え
いかんな。アルス殿のあの動き。攻めの術と見せ掛けて受けて返す術と見た。半端な一撃では必殺の一撃を許し、良くて相打ち拙ければ斃れるのはわし一人じゃな。
右の手刀を矩として魔力を乗せた礫を捌いてはおるが、ジャンジャンバリバリと地味にわしを削って来おる。
「一度仕切り直して拳に十分な力を乗せられる場を整えなければならんのう」
やせ我慢と言わば言え! 機を待つのみじゃ。
右と見せ掛けて左。だが本命はやはり右。
わしの遣う拝み矩は。我が流派が兵法攻めの三。何やら真名で小難しい名前も付いておったが、開祖が何代か前のシャッコウ様が広めたパチンコなる遊戯より開眼した術とも聞く。
右が天釘で左が命釘。天釘で合わせ、命釘で護る。風車の如く外に反らし、チューリップの如く誘い込む。
「こんな術ではわしを斃せんぞ」
苦しい時こそ笑うのがわしの流儀じゃ。
●楽しいのう
デュナミスが何十度目かの砂礫を受けた時、大剣で耕され破壊尽くされた戦場に足を取られた。
無論アルスが好機を見逃すはずもなく、確実に仕留めるべく大剣を振り下ろす。
足指、脚、膝、股、腰、背、胸。そして肩、二の腕、肘、手首、手の内と、倒れ込む身体の重みと全身のバネを連動させた最速の剣。パーンと鳴り響く空気を切り裂いて飛び込んで来る大剣。
間合いも遠く、足場も悪い状況では受け流すことも能わない。
次の瞬間、デュナミスが真っ二つになる未来が見えた。
だがデュナミスは笑っていた。
大剣が届く前にその手が振るわれると、握りしめていた砂礫がアルスを襲う。
何ぃ!
アルスは心中、悲鳴を上げた。戦いが始まってから一度もデュナミスは地面に手を着いてなどいない。
ならばいつ、そんなものを掴んでいたのか?
アルスは咄嗟に手首を返す。空気を切り裂いていた刃が、その勢いのままアルスの右へ滑る。
そう。丁度縦にして振り下ろした団扇が、途中で捻ると風を掴んで横に滑るように、大剣はその軌道を薙ぎに変えた。まるでデュナミスの動く先を知っていたかのように。
「と。反撃を封じるとは流石だな。欲を断ち切らねば喰らっておったぞ」
「なあに簡単な事です。利き手の外へ遁れるは、武術の基礎ではありませんか」
「ふはははは。楽しいのう。手練れと死合うは」
デュナミスは笑う。
「私はもっと楽な方が良かったのですが」
不本意そうなアルス。
さて。デュナミスはいかにして礫を手にしたのか? その答えは砕かれた地面にある。
飛来した破片を見極め、自らの体を傷つけかねない大きさの飛礫を受け止めていたのだ。
それをこの機会に投げつけたというわけだ。
僅かに姿勢が崩れればその一撃を避けるだけの技量をデュナミスは持っている。
そしてアルスの勢いは、必殺を確信していたために次に繋がる型では無いはずだった。
故に、血反吐を吐いて地に伏すアルスを思い描いたデュナミスを仕留め損なった形になる。
アルスとデュナミスは、足を止めて睨み合う。
戦いはまだ始まったばかりであった。
本日2018/12/28より2019/01/06まで連日更新します。





