ジャックのふるさと-03
●宿屋の居酒屋
弓矢を背負い棒を持った番人が二人、村の入口を固めている。
入口から目立つ所に二階建ての丸木小屋と、同じ位のレンガ造りの建物があり、他の家々は円錐形の茅葺屋根。見た目は竪穴式住居に瓜二つ。
「誰だ? 村に何の用だ?」
徒歩で遣って来た旅装束の僕を見止め、番人が誰何。
「旅の者です。一夜の宿を取りに来ました」
僕が答えると、ジロジロ眺めた番人は、
「居酒屋はあっちだ」
と、近くの丸木小屋を示す。
「居酒屋の二階が宿になっている。今日は泊り客は来ていないから、金を払えば泊まれるだろう。
それから間違ってもレンガの建物には近づくなよ。あれは貴人やお役人を泊める家だから」
街道沿いの村なので、旅人には慣れているのだろう。愛想のない口調ではあるけれど親切な説明。
僕は軽く礼を言い、二階建ての丸木小屋の戸を潜った。
大きなテーブルが五つ。殆どが村人で埋まっており、丁度食事の時間であった。
カウンターの後ろには、食料品や雑貨の並ぶ棚があり、奥の厨房からは暖かなスープの湯気が流れて来る。
「いらっしゃい。食事や携行食の注文かい? それともお泊りかい?」
カウンター越しに声を掛けたのは、お年を召したおかみさん。
「全部です」
僕が言うとおかみさんは、
「なら温かい内に食べておくれ。泊りは十八文で夕餉は……お前さんなら三文になるかね」
街ではありえない安さだ。
「それと武器は封紙を貼らせて貰うよ。封紙代一文を貰うけど、なあに剥がさない限りは連泊しても一度きりさ。宿帳に署名か拇印を捺しておくれ。字は書けるかい? 代書代は一文だよ」
村の居酒屋は現代世界におけるコンビニと役場と公民館を兼ねたもの。万屋さんであり共同食堂でもあり宿屋も兼ねる。
確か宿の主人には、余所者の旅人を見張る治安維持の義務が課せられていた筈。だからここは交番も兼ねている。
「ジャックと言うのかい。万が一、村の者が変なちょっかい掛けて来たら、殴り合いなどせずにあたしかうちの亭主に声を掛けておくれ。刃傷沙汰はご法度だよ」
淡々と説明するおかみさん。
「あ、はい! そうさせて貰います」
必要なお金を支払って武器に封紙を貼る。ケンカともなればこれが身の証になるように。
空いている席に座ると程無く、娘さんが手洗いの水を運んで来てくれた。ここではフォークも箸も無く、皆手掴みで食べている。
一日の仕事を終えた村人の歓談。思わず目を細めてしまう風景がそこにある。
献立はパンとスープの鉢と千切りの菜と焼いたソーセージ。
パンは全粒粉の大麦のパン。スープは牛乳をベースに野菜と細切れの肉を入れた物。
僕は村人に倣って、固いパンを裂いて鉢に浸し口へ運ぶ。
なんだか切ってカラカラに干したフランスパンを食べているような食感だ。
コトっ。とくとくとくとく。木を繰り抜いた大ジョッキーにエールが注がれた。
「僕、頼んでいませんが」
「一杯目はサービスだよ。二杯目からは一文だから」
口に含むと温い。酒精も殆ど無い物だ。値段から見ても酒と言うよりは水代わりに飲む物と思われる。
至って普通の村だ。
「神殿はどちらですか?」
隣の席の村人に尋ねると、
「ああ。それはここから北に三里行った所にある元村だ。尤も今は誰も住んでいない。酷い疫病で廃棄された」
そっけない口調で答えが返る。
「それ、いつですか?」
「十年ほど前だ。ご領主さまご一家も全滅する様な酷い流行り病だったらしい」
「立ち入りは?」
「流石に数年前から禁は解かれているよ。あそこはケットシーの神殿だから、お前さんみたいに時々巡礼も遣って来る」
「そうですか」
良かった。中には入って行けるらしい。
「ただな。食べ物飲み物はここで用意して行った方がいい。立ち入りは良くても、病の種が残っていると拙いんでな」
「ありがとうございます」
僕はお礼を言って、
「おかみさん! この人にエール一杯」
話をしてくれた村人に安酒を注文した。





