ネル先生-01
●算術授業
神殿にある学舎。南に面した雲母板から零れる陽射しの明るい教室で、ネルは教鞭を執って居た。
横にお年を召した女の先生が二人も居るとは言え、学び始めの幼い者を相手の授業だ。
「あたしに続けて」
薄板に書かれた1~9の数字。それを手早く入れ替えながら、
「1・3・8・2」
ネルは読み上げる。
「1・3・8・2」
順番を入れ替えて3度やり、
「今度は1つ大きな数を言います。4・9・2・7」
見せる数字は3・8・1・6。戸惑うが直ぐに慣れる。
2つ大きな数や、1つ小さな数もやらせ、授業本番。
授業をするのはベテランの先生だ。
「ご本を右の手前に置き、二つ目のページを開きなさい。おはじきの箱を机の右上に置きなさい。終わったら手をお膝の上に置きなさい」
「ここよ」
手を膝に置いて居ない子が何人かいたのを直してネルは、壁に掛けられた布に書かれた教科書をめくる。
「同じ絵がありますね」
はーいと返る甲高い声。
お池のある野外。お花が咲いていて、木の枝にはブランコがある。
輪回し、水切り、木登り、花摘み。擬人化した動物達が遊んでいる絵だ。
絵の外には、動物の顔が
――――
牛 猿猿 犬犬犬 狐狐狐狐 猫猫猫猫猫
● ●● ●●● ●●●● ●●●●●
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こんな感じで並んでおり、その下に、1~5の数字が書かれている。
優しい声でベテラン先生が授業を進める。
「沢山の動物さんが遊んでいますね。あ、参内服を着けた牛さんが立っています。見つけた人は指で押さえましょう。お隣さんは見つけたかな?」
これを皮切りに、狐・蝶々・おたまじゃくし・木剣・手まりと押さえさせる物を変えて行く。
ご本の絵を指で押さえ、隣を確認する女の子達。お勉強なんて無理なんて言っていた子も楽しそう。
「牛さんの上におはじきを1つ置きなさい。お隣さんと見比べなさい」
「おはじきを箱に戻しなさい」
「今度は手まりの上に置きなさい」
ベテラン先生は作業の指示を出して行く。二個の物三個の物、と五個までの物を同様に。
その様子を見て学ぶネルは横の先生から耳打ちされた。
「ここで大事な事は、毎回おはじきを指定席に戻す事よ。
子供達を過大評価してはいけません。こうしないと間違いなく混乱してしまうわよ。一々ご破算にしてこそ、指示通りにしている事が確認できるの。
それにね。毎回出し入れする事にはもっと大きな意味があるの。使用する数をその都度、実感させることが大事なのよ」
神妙に耳を傾け頷くネル。
さて、次の段階だ。教鞭を渡されたネルが授業を進める。
「今、蝶々の上に置いてあるおはじきを。カエルさんの上に持って行きなさい」
「はい」「出来ました」「ぴったりです」
数は同じ3、ピッタリと合う。
「はい。では他に、3つある物を見つけてごらん。そうね。タンポポの上に置いてみましょう」
おはじきを使った同数の確認だ。蝶々の3もカエルの3も、タンポポの3も同じ3。さらに他の数についても遣って行く。
「ご本の下の方。絵の外を見ます。牛が1。皆も指で押さえなさい。はい、牛が1」
「「牛が1」」
指で抑えながら声に出して真似させる。
「下に進みます。丸が1。はい、丸が1」
「「丸が1」」
「数字の1。はい、数字の1」
「「数字の1」」
「お猿が2。はい、お猿が2」
「「お猿が2」」
「丸が2。はい、丸が2」
「「丸が2」」
途中でお隣り確認を入れながら、順に数字の5まで遣って行く。そして、
「今度は先生が言った所を押さえます」
「「はーい!」」
遊戯感覚になっている子供達はノリが良い。
「丸が4」
「「丸が4」」
「数字の3。狐が4」
段々と早くして行く。最後は数字の1~5を何回も言わせた。
そして、満を持して発言へ持って行く。
「皆凄いなぁ。流石将来のお役人や巫女様や貴族の奥方様です」
誉めてにんまりとさせた後。天秤の両方に乗っかった蝶々犬の絵を見せる。どちらも3匹で蝶々と犬の上に同じ数の丸。そして数字の3が書かれている。
「この絵。何のことか解るかな?」
「はい」
「アナさん」
ネルは五本の指を揃えて指名した。
「3と3」
「早い子は賢い。はい、カチュアさん」
今度も指名は五本指。
「犬も蝶々も丸も、全部3」
「すごいなぁ。皆賢いね」
にんまりとする子供達。
この後1~5の数字の書き方を練習し、授業は終わった。
職員室。
子供達の前から離れて、精神的にはクタクタになったネルにベテランの先生達が言った。
「ネルさん。週の初めには、社会科と理科の授業を受け持って貰いますからね」
社会科とは社会生活の為の常識や教養で、礼儀作法も内包している。
理科は文字通り物事の理を学ぶ教科。
明日からネルが担当する単元は社会科の『帝都の産業』と理科の魔法の理であった。





