初上洛-10
●訴状受諾
萬戸紹店を出て程無く。
全体が波打つ金属板で作られた全身鎧の上に、目にも艶やかなサーコートを纏った騎士が現れた。
どう見ても場違いな出で立ちの男の兜には、盾の印。
「スジラド殿だな?」
「あなたは?」
「和御魂が一人、アーサー・グリンウッド。畏くも」
シャキン! と板金鎧の音を響かせて直立不動の姿勢をとるアーサー。
慌てて僕は片膝を着く。
「日の神子にして天照らす神の御裔。代々坐しきクオンの君にして領主達の領主。我らが碧血を捧げし、貴きお方は斯く宣らせられる」
シャキン! 不動の構えを騎士は解いた。
「委細承知。カルディコット伯大姫トリィス・コーネルア・カルディコット殿の書簡を受理。尽くコーネリア殿の主張を善しと成す。
保護を与えたからには安堵せよ。これより後、書簡にあった本貫において禁裏は卿らの戦いを禁裏に対する叛乱と見做さず。
書簡に記されし本貫地へは、追って畏き所より安堵状を持った御使者が遣わされるであろう」
「御意! 綸言確かに承りました」
頭を下げる僕の前で、騎士は踵を返す。遠ざかる足音を見送りつつ僕は笑う。
勝った。求めたものに最上の答えが返って来た。
元より弓の貴族同士の戦いに置いて、直接朝廷が何かをすることは先ず無い。しかし、クオンの歴史では本貫地と普通の領地は明確に分けられている。
ただの領地ならば主君の自儘に与えたり召し上げたりも可能だが、本貫地ともなると固有の世襲財産だ。
奪うには戦に訴える以外なく、本貫地を護る戦いは何が有っても叛乱とは見做されない。まして朝廷の安堵状を得たともなれば、奪う側は最悪朝敵の汚名を覚悟しなければならないのだ。
僕は立ち上がり歩き出す。
これで安心して故郷に帰れると言うものだ。
●兄妹の会話
カルディコット一門の領内に近い神殿。
スジラドやネル達が成人の儀を受けて来た場所だ。もう勝手知ったる麓の村に、ネル達はハガネモリビト達と共に到着した。
追手の目を晦ます為、随分と遠回りをしたが、これでもう一安心と言った処だ。
領主不入の権を持つ神殿は、神殿騎士と言う独自の武力と権伴と言う同盟者を持つ。
権伴と神殿は、神々が神殿の巫女達を通して警告する魔物の跳梁や災害。世に禍をもたらす賊徒の台頭を未然に防ぐために、共闘しているのだ。
正確に言えば、権伴の持つ武力や組織力を利用する為に、神殿が権伴のギルドの情報網を務め、スポンサーに為っているのだ。
「スジラドはまだかよ」
襲撃以来戻って来ないスジラドに、ぶつくさ言うデレック。
「あ、そうか。まだあんたには話てなかったわね。
スジラドなら、追手を引き付ける囮をやってくれているわよ」
ネルの説明にデレックは、
「マジかよ!」
と憤った。
「あたしたちの安全保障の手続きする為に、王都に手紙を届けて貰っているわ」
「なんで教えてくれなかったんだ」
シマリスの様にぶつくさ口を動かすが、
「だってデレックったら、直ぐ顔に出ちゃうんだもの。あたしも腹芸苦手だけれど、あんたうっかり口にしちゃうし、幼児にも見透かされちゃうでしょ?」
どうせ俺なんて。と不機嫌にぶつぶつ言い始めるデレック。
「先触れを出しておきましたから、巫女様達は間も無くいらっしゃるそうです」
護衛と武器の納品に同行しているハガネモリビトの一人が、受付で連絡を受け取った。
「これで暫くは、神殿暮らしね」
神殿の奥深くに匿われる為、形としては修行に来た態を取る。少なくとも公式記録にはそう記される。
貴族の娘が礼儀作法等の花嫁修業に良く修行に来るため、対外的に問題が少ないのだ。
「で、俺はその付き人って扱いなんだよなぁー」
「神殿騎士に武芸見て貰えるから悪くはないわよ。瞑想とか礼拝とか、すっぽかしそうだけど」
ずーっと一緒にいる乳兄妹だけあって、ネルはデレックの事などお見通し。
「ネル様こそ、おしとやかにな。器物破損なんかすんなよー」
「そうね。デレックが居た堪れなくなるほど優雅に決めてあげるから」
「おうおう。俺が尻の穴痒くなるくらいになったの見てぇーもんだな」
兄妹とはこんなものか。
ハガネモリビト達は遠巻きに、立ち入る事の出来ない二人の会話を見守っていた。
●オーガスは哂う
「それでアーサー。卿の見立ては?」
「一言で申すならば、些か覇気がないのが歯がゆいくらい、野心とか謀叛っ気の無いお方とお見受け致しました」
「そうか。ならば余計な手出しは危険だな。眠れる獅子は眠らせておいた方が良い。
いや。叩き起こそうとする連中を抑えなきゃならないか……」
場所は宮城の玉座の間。報告するのは兜の印に盾を頂く騎士。
そして御簾越しに報告を受けている者の声は、店までスジラドと共に在ったオーガスの物であった。
――――
♪天に二つの陽は照らず。六合に二人の君は無し♪
――――
ふと口を吐く有名な双子の皇子の伝承。
「なぜ双子が忌み嫌われるか? それはもう伝承になってしまった程の昔の家督争いに端を発すると言われている。
だがな。戦う意思のない者との戦いは起こらないものだ」
そう言い、オーガスは苦笑する。
オーガスの正体が何であるかは、あまりにもあからさまだが、ここでは言わぬ事としよう。





