初上洛-09
●子ゆえの闇
殺気走った店のお爺さんの目からは、この娘に対する心配がひしひしと伝わって来る。
お爺さんは女の子に、
「リン。暫く店番を頼む」
と言い捨てて、僕の肘を掴む。
「来い。内々に話がある」
と、店の奥に引っ張って行く。
戸を閉め、奥に入り。鍵付きの扉を開いて中から施錠。さらに奥の部屋に連れて来られた僕にお爺さんは言った。
「先程の答えですが、医者でもその卵でもありません。身体の状態を調べる魔法が使えるだけです。
今回の場合、たまたまそれが対症療法みたいになったようですね」
「それで。おぬしはどう見る?」
「傷痕はすっかり消えているようですが、怪我の後遺症かと」
「そうか」
緩む殺気。
「これから話す事は内密に頼む。迂闊に話せばおぬしの身の安全を保障できん」
誓詞か血判でも要求されそうな物々しい切り出しで、僕は何度も何度も念を押された。
「委細承知です」
大袈裟な振る舞いかも知れないが、乞われるままに金打して誓う。
「実は、かなり前にはなるがリンの命が狙われたことがあった」
「え?」
「それで実際死の半歩手前まで行った。医師も、薬師も、神殿の施療師も。懸命の努力はしてくれたが誰一人として請け合える者はおらず、皆匙を投げた」
僕は半分固まって、声も出ない。
「子ゆえの闇、孫ゆえの闇と笑うが良い。
今生きておるのは、邪神様の思し召し。リンが何事かの使命を持ってこの世に使わされたからでは無いか?
そう考えてもおかしくないような奇跡じゃった。
現に見た目は、あの酷い怪我が傷痕すら残らず治ったのだからな」
語るお爺さんの目に光る物が見える。
「聞いてしまった以上、おぬしも気を付けろ。都の貴族の暗闘が関わっていると、わしは思うておる」
僕は頷かざるを得なかった。
「あまり興奮させるのもいいことではないから、二度と近づかないでくれ。
それがリンの為であり、おぬしの身の為でもある。いいな……」
僕は頷き、店を後にした。
●元締め
「おい。そこの」
スジラドが店を出るや、店の主はドスの利いた声で隅を睨んだ。
すると滲み出すように影が現れ、水沫が凝る様に仮面の男が現れた。
「やはり、レイクの親分の目は誤魔化せませんでしたか」
すると店の主は、ふん。と言った顔で。
「偉くなったものじゃないか、パラトゥ。で、何しに参った? 返事ならば既にしてあるが」
けんもほろろ。
「やはりカルディコット家に協力して頂けませんので?」
「ふ。悪い事は言わん。お主に少しでも忠義なる物があるのなら、お子様領主を諌めて置け。
高が伯爵家風情の意のままに、わしらがなる。そんな甘っちょろい考えなら、早晩お家は潰れるとな」
「駄目ですか?」
「ヨロズドは肇国の伴の裔が一つ。天下の主以外の命は聞かぬ。
まあ、仕事とあらば応相談じゃが。気に食わぬ仕事を断る権利を放棄する積りはない」
取り付く島もない態度を示す。
「可愛いお嬢さんですね」
とパラトゥは揺さぶりを掛けるが、
「な、今何を!」
焦ったのは彼の方。
レイクは表情の読めない顔つきで、
「七つばかり。大人しくさせて貰った。案ずるな、手下の命は取っておらん」
と、イタズラ坊主に言い聞かせる様に言う。
戦慄きを隠せぬパラトゥに、レイクは、
「仮にもヨロズドの結界の中で、おぬしらが勝てる訳などあるとでも思うのか?
おぬしら暗部も闇の住人じゃろうが。例えればガキの塩湯治の深さよ。千尋の底に潜むわしらの敵ではないわい。
一つ忠告して置こう。真のリンを起こすなよ。わしとて抑えきれん厄災となるじゃろう」
と諭した。そして、
「今の若者は何者だ? 見た目通りのタマでは無いぞ」
と訊く。
「奴の名はスジラドです。前カルディコット伯が抜擢したモリビトで、伯の御落胤では無いかとの説もあります。
禍津神を降し、北の大地を拓いた大出来物。名前くらいは聞いているでしょう」
「あれがか……。よもやあんな孺子とはな。まだ成人したかしないかの歳では無いか?」
「スジラドが禍津神を降したのは、十二の歳ですよ」
パラトゥの言葉に、レイクの目は少女漫画の瞳の様に開かれる。
「……シャッコウか?」
「確信は無いですが、あるいは……。ここに数年の調査の記録があります。これと引き換えに物資を回しては貰えませんか?」
「物資だけだな?」
「はい」
「事に寄らば、おぬしらの反目に回るやも知れぬぞ」
「致し方ありませんね。出来るならば、お手柔らかに願いたいものですが」
返事を聞いてレイクは、
「必要な物を書面で渡せ。用意する」
頭を下げるパラトゥにそう言った。
バラトゥが渡した目録には、ジェイバート向けの物を含めた武装が含まれていたことは言うまでもない。
なぜならば、ジェイバートは余りにも無残に負け続けていた上、タジマと揉めて補給を受けられなくなっていたからである。





