初上洛-08
●萬戸紹店
「そうか? ちっとも覇気の無い生き方だな。ふーんさてはお前、萬魔の君の道を歩むつもりか?」
オーガスが鎌をかけて来た。引き出したいのは辺境で独立する道を選ぶのか否か。
彼が何者かは知らないけれど、この問いを発する以上隠されし記録を目にすることが出来る立場なのは間違い無い。
危険を感じた僕はマコトの知識から一句を以てそれを躱す。
「鳴かぬなら それもまたよし ホトトギス」
元になった江戸時代では無く昭和の一句。商売の神様が行ったと言う伝説がある。
「面白い。ならば力を貸そうじゃないか。良き店を紹介しよう」
付いて来いとばかり、また入り組んだ裏道を案内する。
「ここだ」
オーガスは、『萬戸紹店』と言う看板のある店の前まで案内すると、
「じゃあな。神がそれを望み給うなら」
別れを告げて去って行った。
チリンチリン。
ドアを開くと鈴が鳴る。
「うわぁ!」
開くなり、目に飛び込んで来る家電製品の様な商品の数々。男の、子供心に火を着けるその品々。
何時の時代も、男の子と言うものは鳴り物に弱い。チカチカ光って動く物に心を奪われるのだ。
僕は、髪に霜を置くいかにも一刻親父と言ったお爺さんが店番を務める店の中で、被り付くように商品を眺める。
「くすくすっ」
女の子の笑い声。
「あ……」
まるでちっちゃな男の子が、おもちゃ売り場で珍しいおもちゃに見惚れちゃったみたいなことをしてた僕。思わず顔が熱くなった。
「何をお探しですか? ご案内しますわよ」
お店の人かな? 年は僕とそう変わらない十四、五歳に見える女の子。
瓶覗きの肩布を着けた真っ白い服。その縁を縫いレースで彩り、左の胸に宝石サンゴのブローチを着けている。頭にはなぜか、ラグビー選手が着けるようなものを取りつけていた。
「これはオリザを炊く為の魔導釜。こちらはコトコトと長時間煮込む為の鍋。そしてこれが、粉とパン種を入れて置けば、自動でパンを作ってくれるパン焼き釜ですわ。粉の配合によってはケーキも焼けますの。
これさえあれば花嫁修業をしなくとも、女の子は何時でもお嫁さんに成れますわねえ」
「あ、いや。こんなマジックアイテム買えるようなお家って。そもそも使用人が家事をやってるんじゃ……」
恐る恐る突っ込むと、
「あはっ。そうですわね」
丸い目をした良く笑う娘だ。
目を奪われる程に美しいとか、ドキドキするくらい色気があるとか。頼もしいまでに知恵が回るとか、護ってやりたい健気さだとか。放ってはおけない感じの子だとか、小気味良いほどの気風だとか。
そう言うものは無いけれど、傍にいると何だかほっとする気持ちにさせてくれる。
遇ったばかりなのについ、どこかで会いませんでしたか? と口にしそうになった。
そのまま商品の説明を聞いていると、突然。くらっと女の子が揺れたかと思ったら、前のめりに倒れた。
咄嗟に僕が支えて、床に顔を打ち付けるのを回避したけれど。
「大丈夫? 確りして」
下手に揺さぶると危険な事が多いから、取り敢えず声を掛けて反応を見た。
「大、丈夫ですわ。いつもの事ですから」
「いつも? お医者には行った?」
お節介だとは思うけれど、確認すると、
「全くの健康体にしか見えない。原因不明だと匙を投げられました」
つまり、感染症の類では無いと言う事か。レントゲンも無い世界じゃ、直接身体の状態を見る事なんて出来ないんだよね。
待てよ?
「眇は能く視る。 跛は能く履む。
説け雷の沢、状態走査」
触れた手から、女の子の全身を駆け巡る電流。
「何だか熱くなってきました」
副作用で活性化して火照る女の子身体。
おや? どこか懐かしい感覚の中、背骨を伝わる電気信号がおかしいことに気が付いた。
多分これは後遺症の類。それでいて元になった傷はすっかり癒えている感じだ。これではどこも悪くないと医者は言うだろう。
と言うか、たまたまかも知れないけれど、今ので活性化した身体が、期せずして対症療法に成っていた。
「お陰様で楽になりました」
リンが言うので、
「いつからこうですか?」
僕は聞いた。
「こほん!」
咳払いに横を見る。店の主人のお爺さんが僕達の横に立っていた。
「助けてくれて済まないが。おぬしは医者の卵か? 何か判るなら、話を聞かせて貰いたい」
これって、断れそうにないよね。





